鳩山由紀夫元首相という稀代のトリック・スターがクリミアの訪問によって、我が国では1年前のロシアによるクリミア編入が俄かに戯画化され、問題の本質が覆い隠されてしまったかのようだ。だが、3月15日のロシアの国営放送が伝える「ロシア人が住む歴史的領土が危険にさらされているのを放っておくことはできない」とのプーチン大統領の発言は、改めて歴史と民族が複雑に絡み合った領土問題の本質を浮き彫りにしたといえるだろう。ここでいう「ロシア人が住む歴史的領土」がクリミアを指すことはいうまでもないことだ。

 このプーチン発言を踏まえながら、歴史を17世紀半ばの明朝から清朝への交代期の中国西南辺境に目を転ずることとする。

 

「果敢族」の誕生

 北京を追われた明朝最後の永暦帝は、抵抗しつつ雲南を経て現在のミャンマー中部のマンダレー近郊まで逃れるが、追撃してきた清朝軍に捕らえられ、明朝は滅ぶ。皇帝に付き従ってきた数万ともいわれる兵士たちは清朝治下の中国に戻ることなく、中国とミャンマーの間に広がる鬱蒼たる山塊に身を隠す。

 その子孫が、現在のミャンマー東北のシャン州第1特区(果敢自治区)に定着し、果敢族と呼ばれるようになった。かくてミャンマー国内の少数民族の1つではありながら、漢字を使い、果文と呼ばれる中国語(主に雲南方言)を話し、歴史・文化的にも自らを漢族と位置づけ現在に続く「果敢族」が生まれたのである。

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執筆者プロフィール
樋泉克夫
樋泉克夫 愛知大学教授。1947年生れ。香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士課程を経て、外務省専門調査員として在タイ日本大使館勤務(83―85年、88―92年)。98年から愛知県立大学教授を務め、2011年より現職。『「死体」が語る中国文化』(新潮選書)のほか、華僑・華人論、京劇史に関する著書・論文多数。
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