証券化とグローバル化が生む危機の浸透

執筆者:喜文康隆 2007年12月号
カテゴリ: 経済・ビジネス 金融

「私は一九二九年の不況がきわめて広範にわたり、根深く、かつ長引いたのは、国際的な最後の貸し手が存在しなかったからであった、という結論に達した」(C. P. キンドルバーガー『熱狂、恐慌、崩壊―金融恐慌の歴史』)     * 十一月から日本経済新聞で始まった田淵節也の「私の履歴書」がおもしろい。野村證券の元会長にして、“証券界のドン”と呼ばれた田淵の半生は、証券スキャンダルで国会に証人喚問された一事をとっても、波瀾万丈だ。証券業界で半世紀近く仕事をしてきた田淵は、戦後の取引所再開から証券スキャンダルにいたるまでの“生きた証券市場史”ともいえる。「『神の見えざる手』という言葉が僕は好きだ。アダム・スミスの市場原理を指す言葉だが、『お天道様はお見通し』という感覚に近い」という言葉に、田淵の人生哲学が集約されるが、目から鱗が落ちたのは第一回目の次の一節だ。「青木昌彦さんの履歴書を面白く読んだ。僕は共産主義とは反対の立場の人間だが、六〇年の『日米安全保障条約』が象徴的な出来事だったと見る点で共感した」「時の岸信介首相は旧満州国を統治した国家資本主義の手法で戦後の日本を統治しようとした。統制経済の延長の資本主義計画経済の矛盾は、大蔵省を頂点とする銀行支配の金融に端的に表れた」

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