【インタビュー】アドルフ・ブルガー(映画「ヒトラーの贋札」原作者) 「ヒトラーの贋札」工房で生き残った老人の証言

執筆者:草生亜紀子 2008年2月号

 ゼレクツィオーン(選択)――生涯脳裏を離れない言葉だという。日曜日の朝、六百人ほどが裸で並ばせられ、痩せ細って働けない者は医師の合図一つでガス室送りになる。第二次大戦のさなか、ナチスドイツのユダヤ人収容所での出来事だ。 だが、スロヴァキア人アドルフ・ブルガーさん(九〇)は、一九四五年五月五日、連合軍に解放されるまでの三年近く、収容所で生き延びた。なぜか。「十四歳の時に印刷工になったことが、私の運命を決めた」と、ブルガーさんは語る。 四二年、チェコスロヴァキアのプラチスラヴァで働く傍ら共産党の地下活動を手伝いはじめ、洗礼証明や戸籍謄本を偽造。逮捕されてポーランドのアウシュヴィッツ強制収容所送りとなる。翌年には隣接する、さらに過酷なビルケナウ収容所に移された(二十二歳だった妻は、ここで命を落とす)。ところが、四四年四月十二日、ドイツの首都ベルリンに近いザクセンハウゼン収容所の厳重に隔離された一角に移されると、別世界のような生活が待っていた。 そこにはナチスドイツの贋札工房があり、百四十人ほどの囚人が英ポンドの贋札作りに従事させられていた。当初、偽ポンド札作りの目的は敵国イギリスの経済を混乱させることだったが、イングランド銀行も見破れないほど精巧にできていたため、武器購入費やスパイ活動資金に充てられるようになる。約一億三千四百六十万ポンド相当の贋札がここで作られ、終戦時に流通していた英ポンド札の実に四割が贋札だったために、英政府は五十ポンド以上の札を新札に替えざるを得なかった。

この記事は役に立ちましたか?
フォーサイト最新記事のお知らせを受け取れます。
この記事をSNSにシェアする
執筆者プロフィール
comment:0
icon
  • 記事の閲覧、コメントの投稿には、会員登録が必要になります。
フォーサイトのお申し込み
注目記事ランキング
  • 24時間
  • 1週間
  • f
  • 新着
  • 高評価
  • コメント数順