いま自らに問いかける「私自身の核」とは何か

執筆者:梅田望夫 2008年4月号
カテゴリ: IT・メディア

「五年以内に十二カ月から十八カ月の『サバティカル』を絶対にとる」
 と一年三カ月前に書いた。サバティカルとは「研究のための長期休暇」の意味だが、この四月より、まずは「モノを書くこと」に関するサバティカルに入ることにした。本業の経営コンサルティングの一環で書く仕事を除き、本の執筆や雑誌への寄稿をしばらくすべて休止する。
 足掛け十三年にわたって休むことなく続けてきた本連載も、今号と次号で終了する。連載開始時には三十五歳だった私も四十七歳になった。人生でいちばん大切な期間を本誌とともに過ごしたという思いが強く、本連載には深い愛着を持って取り組んできた。しかし、もっとも大切なことをやめないと新しい展開は拓けない。そんな私の決意を、本誌編集部にご理解いただけたことを感謝している。
 仕事の何から何までをすべてやめる「サバティカル理想主義」を追求すると、永久にサバティカルなど取れまいとあるとき悟り、『ウェブ進化論』刊行以来約二年にわたり没頭した執筆活動に、まずは一区切りつけることにした。「四十代のうちに書いてみたい」と構想していたことを、三年前倒しですべて達成できたけれど、そのかわり自分が空っぽになってしまった。そう思うからである。十三年半前にシリコンバレーにやって来たときのようなまっさらな気持ちに戻り、いつか意味のある何かを再び生み出せるよう、期限を切らない充電期間に入る。
 連載もあと二回となると、最後に何を書けばいいだろうと、この一カ月はいつになく悩んだ。最近続けている「私自身の核とはいったい何なのだろうか」という自問について、思考の断片を書いてみることにしたい。現段階での結論ではあるが、「私自身の核」は、どうやら「生活こそが作品」という意識のようなのである。
 他者とは絶対に違う「時間の流れ」を希求し、まだ誰もやったことのない「人体実験」に自分の時間を徹底的に投じたいという「内なる促し」が、私の場合、常に何にも勝ってきた。
 そういう機会を求めて「新しい場所」に身を移し、「新しい経験」ができそうな対象に巡りあえば、他者からは不合理と思われがちな決断をして、「時間の使い方の優先順位」をぐっと変えてきた。どうもそこに「私自身の核」があるようなのだ。後半生の入り口に立ってサバティカルを強く求め、まとまった「新しい時間」を心が欲するのも同じ理由からだろう。
 一九九四年に東京での生活を引き払ってシリコンバレーに引っ越してきたのは、「インターネットの勃興を、その現場に身を置いて眺めてみたい」という「新しい経験」を求める気持ちが抑えられなかったからだった。九七年に独立して会社を作ったとき、自社の存在理由を「炭鉱のカナリア」(未踏分野と危機の探索)になぞらえたのは、自分の性格的な核を無意識のうちに事業ビジョンに転じていたからだろう。
 二〇〇一年末、本欄で「自分より年上の人と過す時間をできるだけ減らす」(第六十四回参照)と宣言したときから、まったく「新しい時間」が流れ出し、私の人生は大きく展開した。
 〇二年後半から、ネット上に自分の分身たるブログを持ち、そこを拠点に「ネット上に住むように暮らす」ことになった私は、一日十時間近くネット上で過すかわりに、「飛行機の米国国内線にはいっさい乗らない」(第百三十六回参照)と決め、物理的移動を極端に控え、「ネット引きこもりの人体実験」を始めた。それからの約三年間、引きこもりのおかげで知的生産性が著しく高まったことが『ウェブ進化論』を完成できた最大の要因であった。
 そして〇六年、たくさんの読者によって、私の著作への感想がブログやミクシィの上で書かれ、それがリアルタイムでネット上に溢れる、という新しい事態に直面した。そのとき私はこう思った。こればかりは、過去の文豪であれ大批評家であれ、先人の誰も経験できなかったことだ。ならば思い切り自分の時間を蕩尽し、すべての感想を読み尽くそう、そしてそれが私自身にどんな変化を引き起こすかを見てみようと。
 〇六年から〇八年にかけての一連の著作へのネット上の感想は累計二万五千件を超え、今も増え続けているのだが、それを読み、考えることに費やした私の時間も、二千時間を遥かに超えてしまったのだった。
『ウェブ時代をゆく』の中で、「二十歳のときから四十歳を過ぎるまで、『お金のこと』が頭から離れることがひと時もなかった」と書いたが、お金の心配から少し自由になった今世紀に入ってからの私は、他者とは絶対に違う「時間の流れ」をただただ追い求め、次から次へと新しい「人体実験」を繰り返していた。私はきっと同じように後半生をも生きていくのだろう。
「生活こそが作品」における「次の十年」の大テーマは、「場所にいっさい縛られない自由」の徹底追求と「時間の凝縮」への挑戦ではないかと予感している。そのことは最終回の次号で。

Umeda Mochio●ミューズ・アソシエイツ社長。1960年東京生れ。94年渡米、97年コンサルティング会社ミューズ・アソシエイツを起業。著書に『ウェブ進化論』(ちくま新書)、『ウェブ時代をゆく』(同)、『ウェブ時代 5つの定理』(文藝春秋)、『ウェブ人間論』(共著、新潮新書)など。メジャーリーグの野球、そして将棋の熱烈なファン。

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執筆者プロフィール
梅田望夫 1960年東京都生れ。94年渡米、97年コンサルティング会社ミューズ・アソシエイツを起業。著書に『ウェブ進化論』(ちくま新書)、『ウェブ時代をゆく』(同)、『ウェブ時代 5つの定理』(文藝春秋)、『ウェブ人間論』(共著、新潮新書)など。メジャーリーグの野球、そして将棋の熱烈なファン。
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