横浜銀行の敗北は「外資と組んだため」か

2008年5月号
カテゴリ: 経済・ビジネス 金融

 二〇〇三年十一月末に経営破綻し一時国有化されていた足利銀行の受け皿が野村グループに決定した。当初から受け皿最有力と見られていた地銀連合が敗れるという予想外の結果に「金融庁の外資アレルギー」(地銀関係者)との指摘が出ている。 最終選考に残ったのは横浜銀行など関東地区の地銀上位八行を中心にした「地銀連合」と野村ホールディングス傘下の野村プリンシパル・ファイナンスを中心とする「野村グループ」の二グループだが、受け皿決定には長い時間がかかった。その原因について、ある地銀関係者は「金融庁は水面下で野村グループに対して応札価格を引き上げるよう要請していた」と証言する。地銀連合のフィナンシャル・アドバイザーが日興シティグループ証券だったため、「外資を排除するための工作が行なわれた」というのだ。 受け皿となった野村グループは、横浜銀出身の池田憲人頭取に代え、商工組合中央金庫元理事の藤沢智氏を起用する方向。基本システムの開発でも、当初計画されていた横浜銀グループではなく、京都銀行など十二行からなる「地銀共同センター」への参加を決めた。主導権を握っていたはずの横浜銀は、結局、足利銀の経営からもシステム開発からも完全に排除される形となった。

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