フェンシングの誇り高きアマチュアリズム

執筆者:生島淳 2008年10月号
カテゴリ: スポーツ

 北京五輪のフェンシング競技で、太田雄貴(同志社大→京都クラブ)がフルーレ個人で銀メダルを取ったことで、日本でもフェンシングへの注目度が俄然、高まった。 日本のフェンシングの成功は、決して潤沢とはいえない強化費を有望な代表選手に集中的に投下する「傾斜配分方式」を採用したことで生み出された。 実はフェンシングに限らず、卓球やオグシオで話題を集めたバドミントンなどは日ごろから世界サーキットが行なわれ、そのランキングによって五輪の出場権が決まる。経済力がなければサーキットに参加できず、五輪の出場権すら得られないというわけである。 フェンシングは、五輪では一八九六年の第一回アテネ大会から採用されている競技で、中世からの騎士道の流れをくんでいることもあり、ヨーロッパで大いに尊敬を受ける。過去の世界選手権の開催地を見ても、トリノ(イタリア)、ライプツィヒ(ドイツ)、リスボン(ポルトガル)などで開かれており、政治的にもヨーロッパが主導権を握っている。北京五輪では男女の個人・団体計十種目で金、銀、銅合計三十個のメダルが出たが、そのうちの二十個をヨーロッパの選手たちが獲得した。 必然的に世界サーキットもヨーロッパで開かれる大会が多く、極東に位置する日本にとってはヨーロッパ・サーキットを転戦するだけでかなりの出費になってしまう。

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執筆者プロフィール
生島淳 1967年生れ。広告代理店勤務を経て93年よりライターとして活躍。著書に『大国アメリカはスポーツで動く』(新潮社)など。
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