オーストラリア 巨大「留学生産業」の功と罪

執筆者:犬飼優 2008年10月号
カテゴリ: 国際 文化・歴史

[シドニー発]シドニー北部にある総合大学、マッコーリー大学。そのキャンパスを歩いて気づくのはアジア系の学生が目立って多いことだ。彼らが話している言葉は英語のほかに中国語も聞こえる。 しかし、中国からの留学生かどうかは見かけだけでは判断できない。「ABC」かもしれない。ABCとは「Australian Born Chinese」の略。中国人の親を持つが豪州で生まれ育った中国系オーストラリア人はこう呼ばれている。彼らは中国本土からの留学生とは一線を画し、「自分は中国人でなくオージー(白人のオーストラリア人の呼称)だ」と胸を張る。 豪州の教育を知る上で、まずはこの国が持つ多民族性を理解する必要があるだろう。豪州は英国の植民地であったために英国人が圧倒的に多い。第二次世界大戦前は英国のほかアイルランド、フランス、ドイツからの移民、戦後はギリシア、イタリア、ユーゴスラビアからの移民が増えた。そして、ベトナム戦争での難民を受け入れたためにベトナム人、香港の中国返還に伴って香港系の中国人も多く移り住んだ。最近では中国本土、中近東、アフリカからの移民が増えている。 豪州には、かつて人種差別政策である「白豪主義」があった。しかし、一九六〇年代から七〇年代にかけ日本をはじめアジア諸国との経済的な関係強化が必要になったことから、「多文化主義(マルチカルチャリズム)」を掲げるようになる。そして、ホーク、キーティングと続いた労働党政権時代(八三―九六年)にアジアへのコミットが強まり、多民族化が加速する。

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