加藤良三「コミッショナー」も“後ろ向きの改革者”なのか

執筆者:杜耕次 2008年12月号

WBC日本代表監督の選考で見せた“指導力欠如”は、野球ファンを失望させた。コミッショナー就任早々の“汚名”を返上したいなら、真のトップとして“改革の肚”をくくることだ。「西村貞朗」という名前を聞いてピンとくる人はかなりのプロ野球通だろう。西鉄ライオンズ全盛期の投手、といってもエースだったわけではなく、現役通算勝利も八十二とさして多くはない。しかし、そのうちの一勝で西村(七三)はプロ野球史に輝かしい名を刻んでいる。完全試合を達成したからだ。 一九五八年七月十九日、対東映十六回戦。駒沢球場でのこの試合を観戦していた高校生がいた。今年七月、日本プロフェッショナル野球組織(NPB)の第十二代コミッショナーに就任した加藤良三(六七)である。 加藤は東大法学部を卒業した六五年に外務省に入省。実力者だった元外務次官の斉藤邦彦(七三)に可愛がられ、二〇〇一年の次官就任が確実視されていたが、折からの外務省機密費事件で、国際協力事業団総裁に転出していた斉藤が次官当時の責任を問われ失脚。「斉藤スクールの優等生」だった加藤は次官昇格は逃したものの、外交官“最高位”の駐米大使ポストを与えられた。任期は六年半という異例の長期にわたった。

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