テニス有力選手の若年化・分散化の秘密

執筆者:生島淳 2008年12月号
カテゴリ: スポーツ

 二〇〇八年、日本のテニス界は錦織圭(一八)の台頭と共に記憶されることになるだろう。 錦織がエリート選手に成長していった背景には、日本の経済界のバックアップがあったことを忘れてはならない。 小学六年生の時に「全国小学生テニス選手権」で優勝した錦織は十三歳の時にアメリカにテニス留学することになった。 経済的な支援を行なったのは、日本テニス協会会長を務める盛田正明氏(ソニー創業者・盛田昭夫氏の弟)が設立した「盛田正明テニス・ファンド」である。世界と戦うテニス選手は若い時期から海外で修業を積むことが必要だとの認識から生まれた基金だ。 このバックアップがなければ、錦織の世界ランキング六十四位(日本人歴代二位)に入るなどの活躍はなかったはずだ。 錦織の留学先はアメリカ・フロリダにある「ニック・ボロテリ・テニスアカデミー」である。 一九三一年生まれの米国人テニスコーチ、ボロテリは、七八年にこのアカデミーを開き、世界中からローティーンの有望な選手を寄宿させて強化を図るという、画期的なスタイルのシステムを作った。 このアカデミーから育った最初の四大大会優勝者はボリス・ベッカー(独)で、十七歳でウィンブルドンを制した。テニスの若年化が一気に進んだのはこのアカデミーの存在が大きい。

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執筆者プロフィール
生島淳 1967年生れ。広告代理店勤務を経て93年よりライターとして活躍。著書に『大国アメリカはスポーツで動く』(新潮社)など。
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