“ゼロベース”で失われた「普天間移設」の十年

執筆者:飯塚恵子 2010年1月号
エリア: 北米 日本

戦略、体制、覚悟、人材――そのうちの、どれ一つもない鳩山政権に、この複雑な連立方程式は解けない。 沖縄県の米軍普天間飛行場移設問題がまた振り出しに戻った。日米同盟は大きく揺らいでいる。十二月十四日、鳩山由紀夫首相が二〇〇六年に日米両政府が合意した同県名護市辺野古への移設計画を見直し、ゼロベースで新たな移設先を検討することを決めたためだ。沖縄県内では、改めて普天間の「県外・国外移設」を求める世論が再燃しているが、オバマ米政権は「日米合意が唯一の案」だとして鳩山政権に強く反発している。混乱が続く中、年明け一月二十四日には名護市の市長選が行なわれる。人口六万の地方都市の市民が、再び国の安全保障問題への賛否を問われ、二分されることになりそうだ。開いた“パンドラの筐”「また最初からやり直し……この十年はいったいなんだったのか」 沖縄県の元幹部はこう嘆いた。十二月はじめ、鳩山首相が日米の現行計画を見直し、普天間飛行場の新たな移設先を検討する方針、との報道が相次ぐようになった頃だ。 普天間飛行場は、日米両政府が一九九六年四月に返還に合意した。その移設先として「キャンプ・シュワブ水域内名護市辺野古沿岸域」が正式に閣議決定されたのが九九年十二月二十八日。まさにそれから十年。「沖縄の米軍基地問題の象徴」である普天間は、ぴくりとも動いていない。

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