経済の頭で考えたこと
経済の頭で考えたこと(26)

ユーロは「脆弱性」を克服できるか

田中直毅
執筆者:田中直毅 2010年4月号
エリア: ヨーロッパ

 三月の第一週で、ギリシャ国債の第一段の借り換えはとりあえず成功を収めた。超緊縮財政の実施というギリシャ政府の発表に対して、市場は敬意を表して、次の展開を見守る姿勢をとったといえるだろう。しかしギリシャ政府は二〇一〇年から一一年にかけて、相次いで借り換え債の発行を迫られる。政府は自らのガバナンスの欠陥を封じ込めることができるのかが問われる。そしてこうした脆弱性を抱えた国家をメンバーとした共通通貨ユーロが売られ続けることはほぼ確実な情勢だ。
 それは市場においてガバナンスの有効性のスキをつくことを職業上の任務とした専門家が狙いを定めているからだ。加盟国の一員に対して、ガバナンスの強制ができるのかが具体的に問われる中で、いわばEU(欧州連合)の盟主の立場にあるはずのドイツとても責任を負えるわけではないと自らをみなしているのだ。そこで登場したのが加盟国向けの欧州版IMF(国際通貨基金)構想である。これで時間稼ぎをしながら、主権国家ギリシャの財政規律の回復を待とうというのだ。

あいまいなガバナンス

 欧州の共通通貨ユーロは、ベルリンの壁が落ちたことをもって誕生を運命づけられた。当時の西独首相コールにとってみれば、ベルリンが国際法上、米英仏ソの四カ国によって管理されている以上、再統一のためには四カ国の同意が必要であった。このうち最難関とされたのがフランスであった。統一ドイツが東方へと関心を移行させれば、第二次大戦後の西欧の秩序が一変するというリスクを抱え込むことになる。この阻止を図らざるをえなかったミッテラン仏大統領の唯一の提案は、コール独首相にマルクの放棄をのませることだった。ミッテランの提案に対して、コールはその場で即座に同意した。第二次大戦後の西独の安定的な経済運営の象徴であったマルクの博物館入りは、次の欧州と世界の歴史に縁取りを施すことになった。
 主権国家のもつ権限をそのままにして、通貨だけを共通にするというプロジェクトに失敗は許されなかった。ユーロの設計にあたって、主権国家間の対立が持ち込まれるような条項は排除されねばならなかった。ここからECB(欧州中央銀行)のもつ限定的な機能が演繹されることになる。域内の平均的な物価上昇率に沿って市場の短期金利を誘導することだけをECBの役割とせざるをえなかったのはこのためだ。
 有事においては民間銀行の救済のためにECBの債権債務の急拡大もありうる、という了解を事前に法定することはできなかった。なぜならECBがもし債務超過に陥ったとしたとき、どの主権国家がどのようにこれを補填するかなどを事前に了解しておくことは、とうてい無理な相談だったからである。ECBは主権国家の通常の中央銀行にはなれなかったのだ。
 即ちECBのガバナンスに関する設計は、当初からあいまいであった。このためギリシャ政府のガバナンスの欠陥が明らかになったときにも、これをとりつくろう機能はECBにはなかった。結局のところ、ユーロについてのガバナンスは今後とも一つひとつ検証していく他はない。
 ところが、これを狙うように市場での狙撃の手を緩めようとしないのがヘッジファンドである。ギリシャ国債のみならず、次の段階ではポルトガルやスペインなどの国債が対象となろう。そしてそのすべてに共通する通貨ユーロにもすでに売りの手は及び始めている。
 市場の内側にあって多数の参加者の裏をかきながら売りポジションの構成を図ることを特徴とするヘッジファンドは、次々と対象を変えて、結果としてこれまでも肥ってきた。二十世紀に入って最初の成功例は、米企業エンロンを対象としたものであった。
 二〇〇一年は九・一一同時多発テロ事件があったため、連邦準備制度理事会(FRB)による金融緩和策の加速は「テロに負けない米国」を演出したが、この年の暮れに明らかになったエンロンの破綻は、米国への資金還流を著しく困難にする事件であった。エンロンの損益計算書は毎年黒字を告げていたが、バランスシート(貸借対照表)の資産の部に計上されていた数字の中には、近い将来に大幅な損失引当をせねばならないものがあった。エンロンの前倒しでの利益計上の裏には、みかけ上の資産に後日の確実な損失を潜ませる行為があることをこの間にかぎつけたのが「蛇の道は蛇」である一部のヘッジファンドであった。
 彼らの先物を使ってのエンロン売りは見事な成果を収めた。米国のコーポレート・ガバナンスの総体が狙撃されたともいえよう。このエンロン事件によって米国への資金還流は滞ることになる。FRBは資金不足に陥りかねない米国経済に対して資金供給を急がざるをえなかった。実際に海外から米国への資金還流が細り始めたのだから、米国の金利は高騰するはずだった。これを察知したがゆえにFRBはこの打ち消しに入ったのみならず、むしろ市場金利を一層低下させるほどの緩和措置をとったのだ。

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執筆者プロフィール
田中直毅
田中直毅 国際公共政策研究センター理事長。1945年生れ。国民経済研究協会主任研究員を経て、84年より本格的に評論活動を始める。専門は国際政治・経済。2007年4月から現職。政府審議会委員を多数歴任。著書に『最後の十年 日本経済の構想』(日本経済新聞社)、『マネーが止まった』(講談社)などがある。
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