BP事故が変える世界のエネルギー事情

執筆者:新田賢吾 2010年7月16日
エリア: 北米

 メキシコ湾で4月下旬に爆発事故が起きた海洋油田からは米政府の推定で70万キロリットルもの大量の原油が流出、米ルイジアナ州などの沿岸はどす黒い原油で汚染された。油田の操業者である英石油大手BPは、水深1500メートルの海底にある油井の噴出口をなんとか封鎖しようと様々な技術を動員したが、なかなかうまくいかず、7月中旬になってようやく原油流出が止まった。ただ、これも抜本的な解決策にはならないとの見方が多く、油井を完全に封印するまでは予断を許さない。
 今回の事故は世界の海洋油田の事故としては最悪の展開になったが、エネルギー業界関係者の中には「いつか、どこかでこんな事故が起きると思っていた」と事故をある程度、予見していた人もいる。深海油田の開発、原油生産はそもそも地上の油田ほど簡単ではなく、水深が増す毎に幾何級数的に難度が増すからだ。人間が潜ることのできない深海では、何かのトラブルが発生してもすべて遠隔操作で対処しなければならない。

海洋油田の歴史と未熟な事故対策

 1990年代以降、世界では海洋油田の開発が急激に進んだが、事故防止策、事故対策の技術開発は海洋油田の増産ペースほどには進んでいない。開発案件や難度が拡大する傍らで、事故対策の技術開発はなおざりにされてきたといってよい。
 海洋油田の歴史は実は長い。19世紀末から20世紀前半にかけ、欧州の原油需要を賄ったアゼルバイジャン(当時はロシア)のバクー油田は陸上からカスピ海の沖合に広がる油田で、開発の初期から遠浅の海に原油掘削用のやぐらが立ち並んだ。水深は数メートルから20メートルほどだったため、当時の技術でも十分対応できていた。
 第2次大戦後、サウジアラビアなど中東産油国で生産が拡大するにつれ、ペルシャ湾の沖合で油田開発が本格化、300億バレルという巨大な埋蔵量を持つサファニア油田が発見され、サウジアラビアの埋蔵量、産油量を押し上げた。日本の石油開発の金字塔にもなっているカフジ油田も、実はこのサファニア油田の一部で海洋油田だ。といってもペルシャ湾内の水深は数十メートルに過ぎず、技術的には決して難しくはなかった。
 1960年代にオランダでフローニンゲン・ガス田が発見され、英国とノルウェーに挟まれた海域に広がる北海油田の開発が本格化した。北海は水深が200‐300メートル。巨大な掘削用リグ船が建造され、海底からみれば高さが300メートルほどもある生産用プラットフォームも建造された。北海油田は「アポロ計画に匹敵する技術的挑戦」と言われ、当時の様々な先端技術が投入された。
 80年代に入ると、メキシコ湾でも海洋油田の開発が始まった。メキシコ湾内は1000‐3000メートルの水深の部分が多く、海洋油田開発の技術は一段と進化した。
 ただ、そのあたりから海洋油田特有の危険性、リスクも認識されるようになった。海洋プラットフォームでの油井からの爆噴事故である。そのリスクを世界に知らしめたのは、北海油田の10%の原油を生産していたパイパー油田で1988年7月に起きた爆発事故だ。同油田の「アルファ・プラットフォーム」で爆発事故が起き、働いていた167人が亡くなる痛ましい事故だった。
 数少ない生存者の中にはプラットフォーム上にある水面80メートルの高さのヘリコプター発着場から海に飛び込み、助かった人もいた。爆噴に対する備えが整っていなかっただけでなく、プラットフォームに火災などがあった場合、技術者、作業者たちをどう脱出させるかという避難策すらなかった。事故後、海洋プラットフォームの周辺では常時、脱出用の避難艇を待機させることが義務づけられた。

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