世界が注目するタタ・グループ後継者選び

執筆者:山田剛 2010年9月5日

 

 
 140年以上の歴史を持つインド最大の財閥タタ・グループの総帥で、持ち株会社タタ・サンズ会長のラタン・タタ氏(72)は先月、自身が75歳となる2012年12月に引退することを正式に発表。同グループは、後継者を決めるため5人のメンバーからなる選考委員会を設置することを明らかにした。早ければ来年3月にも、この巨大財閥の次の指導者が決まる。
 タタ・グループは日本の明治維新に当たる1868年にインド西部の商都ムンバイで産声を上げた。時は英植民地統治下。紡績業などで成功した初代総帥のジャムセドジー・タタはある日、英国人とともにムンバイの高級ホテルで食事をしようとしたが、インド人であることを理由に立ち入りを拒否された。これに憤慨したタタ氏は「ならば私が誰でも利用できる一流ホテルをつくってみせる」と一念発起。こうして1903年に完成したタージ・マハル・ホテルは今も海に面したムンバイの一等地に建つ。
タタ一族はかつてペルシャ帝国から移住してきたパルシーと呼ばれるゾロアスター教徒の子孫であり、インドではきわめて少数派だが、その多くが類まれな商才を発揮しビジネス界で重要な位置を占めている。傘下企業には、新日鉄とも提携するタタ製鉄、1台10万ルピー(約20万円)の超低価格車「ナノ」の開発で世界に知られたタタ自動車、インド最大のIT(情報技術)企業、タタ・コンサルタンシー・サービシズ(TCS)から、タタ紅茶、ボルタス(家電)、タイタン(時計)など、電力、小売、金融、ホテルまで総勢98社に及び、総売上高は710億ドルに達する。まさに、インド人の生活とは切り離せない一大企業グループだ。
 「今後の100年で世界に翼を広げる」としたラタン・タタ会長の言葉通り、グループは現在では売り上げの60%以上を海外で稼ぎ出す一方で、英国の紅茶ブランド「テトリー」や韓国・大宇の商用車部門などを次々と買収。2007年には英製鉄大手のコーラス、そして08年には英国の高級車ブランドであるジャガー、ランドローバーを傘下に収めて世界にその名をとどろかせた。
これら一連の事業を陣頭指揮してきたのが、ラタン・タタ氏なのである。ラタン氏は1991年、タタ・グループ中興の祖として知られたJ.R.D.タタ氏の跡を継いでタタ・サンズ会長に就任。現在までにグループの総売り上げを12倍に増やしたことでも高く評価されている。
08年1月、「ナノ」の発表記者会見場に現れたタタ氏は演壇に取り付けられた階段をひょいと飛び越えてみせるなど、当時70歳には思えない若さをアピールしていたのを思い出す。最近もしばしばマスコミに登場するが、頭脳明晰ぶりと舌鋒の鋭さにはほとんど衰えを感じない。
世界同時不況もいち早く乗り切り、買収した企業の再建にもようやくめどが立った今は、まさに最高の花道ということだろう。だが、グループの後継者選びにはもうひとつ重要な意味がある。
かつてタタと並び称され、独立の父マハトマ・ガンジーのパトロンとしても知られたビルラ・グループは度重なる分割相続によって次第にその勢力が減少。近年急速に発展し、一時は総売り上げや時価総額でタタをしのぐ勢いだった新興財閥の雄リライアンス・グループも、創業者ディルバイ・アンバニ氏の死後、ムケシュ、アニルの2人の息子による骨肉の後継争いが勃発。2つの事業グループへと分裂してしまった。
創業時から一度も分裂していないタタ・グループにとって、民主的かつ透明性の高いプロセスで後継者を選び、分裂や内紛を回避するとともに、継承の正統性を内外に示して財閥の結束を維持することは、きわめて重要な問題だ。
独身で子供がいないラタン・タタ氏はかねて、「後継者はパルシーでなくてもよい」「海外に人材を求めることもありえる」などと発言し、一族外部の人間や非インド人がその衣鉢を継ぐ可能性を示唆している。同族経営を捨ててグループにとって最善のリーダーを選べば、それはインド近代産業史においても画期的な出来事となる。
本来ならラタン氏の異母弟で長年グループの国際事業を率いてきたノエル・タタ氏(53)が最有力候補となるところだが、同氏の存在感はいかんせん希薄だ。このためマスコミや経済界によって、後継者候補には多くの人物が下馬評に挙がっている。英ボーダフォンの前CEOで、IIT(インド工科大学)出身のインド人アルン・サリン氏や、同じパルシー系財閥で地場繊維大手ボンベイ・ダイングや有力菓子メーカー・ブリタニアなどを擁するワディア・グループの会長ヌスリ・ワディア氏、果ては日産自動車のカルロス・ゴーン社長を候補に擬するメディアまでも現れた。
 インドでは英植民地支配からの独立後も、国営・公営企業と有力財閥が経済・産業を主導してきた。いまなおIT産業以外ではなかなか新興企業が育っていないインド産業界にあって、タタなど財閥が占める位置や役割はきわめて大きい。タタの後継者選びからは、インド・ウォッチャーならずとも目が離せない。               
(山田 剛)
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執筆者プロフィール
山田剛 日本経済研究センター主任研究員。1963年生れ。日本経済新聞社入社後、国際部、商品部などを経て、97年にバーレーン支局長兼テヘラン支局長、2004年にニューデリー支局長。08年から現職。中東・イスラム世界やインド・南アジアの経済・政治を専門とする。著書に『知識ゼロからのインド経済入門』(幻冬舎)などがある。
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