船長釈放:「指揮権発動しなかった」ことが問題ではないか?

執筆者:原英史 2010年9月25日
タグ: 中国
エリア: アジア

 

日中関係の問題はこの部屋の射程外だが、国内行政制度にも関わるので触れておきたい。
 
那覇地検は24日、「わが国国民への影響や、今後の日中関係を考慮すると、これ以上、身柄を拘束して捜査を続けることは相当ではないと判断した」と説明した。
すでに各所で指摘されているとおり、これは、「地検の独自判断」ではなく、「官邸の判断による指示」だったと考えるのが常識的だ。
 
法務大臣は、検察庁(地検はその一部局)との関係で、一般の官庁のようにトップとして君臨するわけではないが、一定の指揮権は有する。内閣からの指揮はあり得ないことではない。
 
[検察庁法第14条 法務大臣は、・・・検察官の事務に関し、検察官を一般に指揮監督することができる。但し、個々の事件の取調又は処分については、検事総長のみを指揮することができる。]
 
ところが、仙谷官房長官は、「(那覇地検から)報告を受け、了とした」と説明し、あくまで官邸の指示を否定。
地検が外交関係を考慮するのはおかしいのでないかとの疑問に対しては、会見で、
(刑訴法248条の)起訴便宜主義を行使して、検察官が総合的判断の下に身柄釈放や処分をどうするか考えたとすれば、そういうこともあり得ると考えている」
と回答した。
 
しかし、この件に関して、本当に「外交関係の考慮」を検察に委ねていたとしたら、刑訴法上あり得るかどうかといった形式論の問題ではなく、実質論として重大な間違いだと思う。
 
本件で考慮すべき外交上・国益上の論点は膨大な数に上るが、これらにつき、的確に判断するための材料(ファクト)と分析・判断能力を、検察関係者が備えていたとは思えないからだ。
例えば、「ここで釈放したら、中国政府はどう反応するのか?」「将来的に、中国が“圧力をかける”目的で邦人の逮捕を行うケースが頻発し、国民の生命・安全が脅かされることにならないか?」など、どういうルートで情報をとって、どう分析したのか。
少なくとも、彼らは、そうした判断の専門家ではないはずだ。
 
もし本当に、地検が独自に「外交関係の考慮」をしたというならば、むしろ、内閣の側から指揮権を発動し、「勝手にそんな判断をするな」と命ずるのが筋だったのではないか。
 
翻って言えば、地検に責任を押し付けるような姑息なことはやめ、「内閣の判断」として、自らの責任で堂々と説明すべきだと思う。
 
(原 英史)

twitter.com/HaraEiji

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
原英史(はらえいじ) 1966(昭和41)年生まれ。東京大学卒・シカゴ大学大学院修了。経済産業省などを経て2009年「株式会社政策工房」設立。政府の規制改革推進会議委員、国家戦略特区ワーキンググループ座長代理、大阪府・市特別顧問などを務める。著書に『岩盤規制―誰が成長を阻むのか―』、『国家の怠慢』(新潮新書)など。
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