金正日「ナンバー2」を作らず

平井久志
執筆者:平井久志 2010年10月6日
カテゴリ: 国際 金融
エリア: 朝鮮半島
朝鮮労働党代表者会後に行なわれた記念撮影(C)AFP=時事
朝鮮労働党代表者会後に行なわれた記念撮影(C)AFP=時事

 朝鮮労働党は9月28日、党代表者会を開催し、金正日(キム・ジョンイル)総書記を党総書記に再推戴し、3男の金正恩(キム・ジョンウン)氏を党中央委員に選出、金正恩氏は新設の党中央軍事委員会の副委員長に就任した。党代表者会での決定で、金正恩氏は公式に後継者への道をスタートさせたといえる。ただ、日本のメディアは金正恩氏の後継が決定したと報じているが、これはやや早計なような気がする。  金総書記は1973年9月の党中央委第5期第7回総会で党中央委書記に選出されたが、後継者の推戴は得られなかった。約半年後の74年2月の党中央委第5期第8回総会でようやく「主体事業の偉大な継承者」として推戴され、党政治委員に選出された。その後、80年の第6回党大会で党政治局常務委員、党書記、党中央委軍事委員に選出され、写真なども公表されて「後継者」として公然活動を開始した。  もちろん、時代状況や金総書記の健康などを勘案しなければならないが、金正恩氏が今回獲得したポストは大将、党中央委員、党中央軍事委副委員長の3つにすぎない。北朝鮮の機関が公式に「偉大な継承者」への「推戴」という決定を下したわけではない。  金総書記は第6回党大会で党政治局、党書記局、党軍事部門でそれぞれ職責を獲得した。この3部門で職責を得たのは、当時は金日成(キム・イルソン)主席しかなく、その意味で「ナンバー2」の地位を獲得し「後継者」として確定したといえる。  しかし、金正恩氏は党政治局、党書記局に職責はなく、党中央軍事委に副委員長の職責を得ただけである。金正恩氏が「ナンバー2」になったとは言い難い。金総書記の場合と比較すれば、まだ後継者推戴の決定が出ておらず、金総書記が党書記に起用された73年レベルと考えるべきであろう。  もちろん、当時の金日成主席は健康で旺盛な活動を展開していたが、金総書記は健康不安を抱えている。そうしたことを考えれば、金正恩氏が「後継者」へと進むスピードは金総書記よりもはるかに早いテンポとなるであろう。金正恩氏の「後継者」がほぼ固まり、公然化したことは事実だ。

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執筆者プロフィール
平井久志
平井久志 ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。
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