アヨーディヤ判決が見せた「法治主義インド」のあいまいさ

執筆者:山田剛 2010年10月7日
カテゴリ: 国際 文化・歴史

 

 9月30日、インド北部のアラハバード高裁(ウッタルプラデシュ州)は同州の古都アヨーディヤにあるモスク(イスラム教礼拝所)跡地の法的権利をめぐる訴訟で、係争地をヒンドゥー教組織2つとイスラム教団体で3分割するとした判決を言い渡した。
この係争地についてヒンドゥー教徒側は、ヒンドゥー教三大神のひとつビシュヌ神の化身で叙事詩ラーマーヤナでも活躍するラーマ神の生誕地でもともとヒンドゥー寺院があったところに、ムガル帝国の皇帝バーブル(イスラム教徒)がモスク(通称バーブル・モスク=バブリ・マスジド)を建設した、と主張してきた。これに対しイスラム教徒(モスリム)側も譲らず、双方が約60年にわたって争っていたのがこれまでの経緯だ。
 このアヨーディヤを一躍有名にしたのが、1992年に起きた「バブリ・マスジド破壊事件」である。大物政治家らを含むヒンドゥー至上主義者に扇動された群衆がそれぞれハンマーや工具を持ってモスクに乱入しこれを破壊したものだが、この事件をきっかけにヒンドゥー×モスリムの宗教対立や暴動がインド北部一帯に燃え広がり、計2000人以上が犠牲となる惨事を招いたのだった。
 今回の判決の詳しい中身はおよそ日本人にとっては理解困難なものだが、①係争地を、ラーマ神という神話上の存在が生まれた場所だと認めたこと②議論や対立を招く政治判断を避け、解決を司法に丸投げするというインド政治の恒例パターンが繰り返されたこと――において重要な意味があると思っている。
 今年のインド最大のイベント「英連邦競技大会(コモンウェルス・ゲームズ)を控え、治安当局は厳戒態勢でこの判決を迎えたが、いまのところ深刻な衝突や騒乱は起きていない。とはいえ、政教分離・世俗主義を国是としているはずのインドで、司法機関が独自の、しかもきわめて重大な宗教的見解を示すというのは異例だ。日本の裁判所が「スサノオノミコトが生まれた場所はここです」「天岩戸があったのはこの山のふもとです」と公式に決定を下すようなものである。しかも当事者らで3分割というアイデアは、ユダヤ教徒やイスラム教徒などに4分割されているエルサレム旧市街の現状を思い起こさせる。一向に解決の糸口が見えてこないパレスチナ問題を引き合いに出すまでもなく、後々禍根が残らないはずはない
 もちろん、判決は明らかにヒンドゥー教徒側に有利といえるだろう。インド最有力のヒンドゥー教組織RSS(民族奉仕団)の傘下にある世界ヒンドゥー評議会(VHP)はさっそく、係争地の3分の1の権利を認められた禁欲主義的な苦行者(サドゥー)らで組織するヒンドゥー教派「ニルモヒ・アカラ」とともに跡地に巨大ヒンドゥー教寺院を建設する考えをぶち上げており、モスリム側を刺激しそうだ。
 3年ほど前、首都ニューデリーでは、裁判所の命令による「デモリション・ドライブ」と呼ばれた違法建築の一斉取り壊しが行われた。そもそも、違法建築に許可を出したのは賄賂を取った役人たちだったのだが、そうした経緯はほとんど問題にされず、裁判所は単に現状が「違法」だからという理由で建物の破却を命じた。これにより日本人駐在員にも人気だったカフェやブティックが何軒も取り壊されたのを覚えている。
こうした政治判断の放棄はインドでは枚挙に暇がない。政治家にとって、必ずどこかのセクトからは恨まれることになる介入を巧みに避け、ひとまず公正さに疑いを挟む余地のない司法に解決をゆだねることが安易な手法としてまかり通っているのである。今回の事件は、「法治主義国家」インドの矛盾点を改めて浮き彫りにしたといえそうだ。      (山田 剛)
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執筆者プロフィール
山田剛 日本経済研究センター主任研究員。1963年生れ。日本経済新聞社入社後、国際部、商品部などを経て、97年にバーレーン支局長兼テヘラン支局長、2004年にニューデリー支局長。08年から現職。中東・イスラム世界やインド・南アジアの経済・政治を専門とする。著書に『知識ゼロからのインド経済入門』(幻冬舎)などがある。
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