日本における開発研究事始め、とくに慶応義塾大学のこと

平野克己
執筆者:平野克己 2010年10月19日
カテゴリ: 国際 経済・ビジネス

 私が大学に入ったのは1970年代で、キャンパスにはまだ学生運動の余香が燻っていた。当時楽しみにしていた授業のひとつに、新進気鋭、西川潤助教授の講義があった。今まさに執筆中の課題について、現在進行形の臨場感で語る西川先生の講義はたいへんおもしろく、私をこの分野に導いてくれた。
 西川先生の主著は1976年に出版された『経済発展の理論』である。これには、いわゆる大陸経済学(ドイツやフランス発祥の経済学)の思想が横溢していて、そのなかには当然マルクス主義も含まれている。苦しい独立闘争を勝ち抜いたばかりであった途上国への共感が基層を流れ、先進国に対しては批判的であった。いってみれば、世界経済を国際的な搾取のシステムとしてみる考え方だ。
 日本の開発論はまだ緒についたばかりの時代だった。国際経済学の川田侃教授が東大から上智大学に移って、西川先生同様、南北問題について盛んに論考を発出していた。当時は途上国問題=南北問題だったのである。

 南北問題の議論は「世界経済」なるものが実在するという想定を基盤にしているのだが、「世界経済」という概念はイギリス発祥の経済学にはなく、ネオマルキシズムのなかにあった。当時の大学では、マルクス主義の先生は「世界経済論」という講座をもち、“近代経済学”の先生は「国際経済学」の講座をもっていた。それは、「経済原論」といえばマル経で、「理論経済学」といえば近経だったのと同じだ。だから、南北問題の議論は、一言でいえば左翼の議論だったのである。もう少し詳しくいえば、マルクス主義の素養がなければうまく消化できないものだった。

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執筆者プロフィール
平野克己
平野克己 1956年生れ。早稲田大学政治経済学部卒、同大学院経済研究科修了。スーダンで地域研究を開始し、外務省専門調査員(在ジンバブエ大使館)、笹川平和財団プログラムオフィサーを経てアジア経済研究所に入所。在ヨハネスブルク海外調査員(ウィットウォータースランド大学客員研究員)、JETRO(日本貿易振興機構)ヨハネスブルクセンター所長、地域研究センター長などを経て、2015年から理事。『経済大陸アフリカ:資源、食糧問題から開発政策まで』 (中公新書)のほか、『アフリカ問題――開発と援助の世界史』(日本評論社)、『南アフリカの衝撃』(日本経済新聞出版社)など著書多数。2011年、同志社大学より博士号(グローバル社会研究)。
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