インド政府、「聖域」小売市場を対外開放へ

執筆者:山田剛 2010年10月31日

 (ニューデリー郊外・グルガオンのショッピング・モール)

 
11億5000万人の巨大市場が年9%前後の高度成長を続けると見られるインド。そのインド市場への投資でもっとも有望なセクターは、自動車でもIT(情報技術)でもなく、小売部門かもしれない。大都市のショッピングモールから村の雑貨店まで、インドには1200万軒以上の商店がひしめき、6000万人以上の就業者を抱える。しかも現在約4500億ドルと見られる小売市場の規模は、高度成長に乗って2013年には8000億ドル、2018年には1兆3000億ドルへと達する見通しだ(インド・ブランド・エクイティー基金=IBEF=推計)。
 こうした有望市場に着目する外国企業・政府の外圧もあり、インド政府は小売業における外国直接投資の解禁に向けて大きく舵を切り始めた。もちろん、外資量販店の急激な進出は既存の零細小売店の倒産や従業員の失業を招きかねないため、政治的には非常にセンシティブな問題で、野党や労組などから反対も根強い。このため政府は、激変緩和のため一定の条件付きで外資の参入を認める考えと見られる。
 インド政府は2006年、「ナイキ」「リーボック」「シャネル」といった単一ブランドのいわゆる専門店業態に限って、51%までの外資を解禁。だがマルチブランド、つまりスーパーや百貨店などのインド直接進出には今も門戸が閉ざされている。こうした中、米ウォルマートや独メトロなどは、100%外資が認められている「会員制卸売(キャッシュ・アンド・キャリー)」の業態で事実上のインド進出を果たしているが、やはり本来の大規模小売店としてインドで店舗展開したいという要望が根強い。
 このほどインドを訪問したウォルマートのCEO、マイク・デューク氏は「よりよい暮らしを求めるインドの消費者の購買意欲が高まっている今こそ、大きなビジネスチャンス」と強調した。
 外資など大手資本による小売業への進出には多くの効果が期待されている。まずはインドで決定的に不足し、質も悪いサプライチェーン、とりわけ生鮮食品の輸送に欠かせないコールドチェーンの構築だ。産地には保冷倉庫もなく、農道の整備も遅れているため、消費地に輸送する途中で農作物の30%以上が腐敗し、廃棄されているとの調査結果がある。
 外資の大規模投資は、インフレにも影響を与えているとされる脆弱なサプライチェーンの改善につながる可能性があるだけでなく、仕入れの透明化で、農家の作物が悪徳仲買人に不当に安く買い叩かれるといったケースも減るだろう。
 インド政府は7月、外資への小売市場開放に関するディスカッション・ペーパーを発表。外資導入の効果を説明するとともに、既存小売業者保護のため物流インフラへの投資や農民の優先雇用、進出先を大都市に限ること、などの条件を提案した。これを受け、政府内からも「(外資導入は)数千万人の雇用創出につながる」(シャルマ商工相)、「農業に市場メカニズムを導入するのはよいことだ」(サハイ食品加工産業相)などの賛成意見が相次いでいる。
 さらに政府は10月、商工省、農業・食糧省、中小・零細企業省など6省庁からなる検討委員会を設置。かくして外資への小売市場開放という長年のテーマはついに正式な国家的検討事項となった。
 これまでの議論から外資への市場開放の条件を予想すると、中間層以上をターゲットとし、既存の食料品店などにダメージを与えないようにした上で生産者にも利益をもたらすよう、①郊外型あるいは食品スーパーなどの業態に限って認可する②地元農家からの一定量の買い付けや農家からの雇用を義務付ける③集荷場や倉庫、農道などへの投資を義務付ける――などが浮上してくる。 
 いずれにせよ、インドの巨大小売市場の対外開放はそう遠い将来の話ではなさそうだ。                                  
                           (山田 剛)

 

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執筆者プロフィール
山田剛 日本経済研究センター主任研究員。1963年生れ。日本経済新聞社入社後、国際部、商品部などを経て、97年にバーレーン支局長兼テヘラン支局長、2004年にニューデリー支局長。08年から現職。中東・イスラム世界やインド・南アジアの経済・政治を専門とする。著書に『知識ゼロからのインド経済入門』(幻冬舎)などがある。
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