食料インフレ~インド政治の鬼門

執筆者:山田剛 2010年11月6日
カテゴリ: 国際 政治 金融
(インド農業の生産性はきわめて低いままだ=北西部ハリヤナ州での耕作風景)
 
 限られた資源で高成長を続けるインドにとって、インフレ圧力はある意味避けられないリスクだ。だが、特に穀物や野菜など食料品の物価上昇は、多くの貧困層の台所を直撃し、政治的にはきわめて危険な現象となる。過去あまたの政権がインフレ抑制に失敗して選挙で敗れた。 
 インドの経済改革を開花させたBJP(インド人民党)を率いたバジパイ前首相は野党時代、「人々は玉ねぎを刻んで泣くのではなく、玉ねぎが(高くて)買えずに泣いている」との名演説を行ったほどだ。ちなみに、玉ねぎはショウガ、ジャガイモなどと並んでインド家庭料理には必須の野菜で、これが高騰すると庶民の不満は一気に高まる。
 それゆえ、政府はインフレ圧力の高まりには敏感に反応し必ず先手を打って金利引き上げを選択してきた。政府の意を汲んだインド中銀が今月2日、今年6回目の政策金利引き上げに踏み切ったのはご存知の通りだ。インドではまだ住宅、乗用車、高級家電など高額品の購入には銀行の個人向けローン利用者が多く、ローン金利が上昇すればこれら商品の売れ行きに影響必至とあって、自動車メーカーなどはかねて金利の引き上げに強い警戒感を示している。
 昨年末に年率20%を超えていた食料品の卸売物価上昇率は10月下旬になってようやく12%台にまで沈静化してきたが、それでもなお2ケタ上昇という猛烈なインフレには違いない。今年の雨季作(6-7月ごろに種まきし、秋口に収穫する)では降水量に恵まれ、穀物などの生産量が軒並み前年比プラス10%前後を記録するまずまずの豊作となったにもかかわらず、産地から消費地への輸送ルートにボトルネックがあり、都市部に作物がうまく届かない、というのが高インフレ率の背景説明だった。
 だが、どうも原因は輸送手段の不備や流通ロスだけではなさそうだ。インド国際経済関係研究所(ICRIER)によると、砂糖の需要は2002年度から09年度にかけて約71%も増加しているのに、生産量は14%強しか増えていない。しかもこの間、政府は業者が砂糖の輸出を拡大することを容認するなど、インフレ要因を見過ごすという「失策」も犯している。
 また、農業労働者の給与は昨年に比べて全国的に2倍程度に高騰、肥料や農薬など農業資材も値上がりしているという。農業セクターの生産性は依然低迷。唯一、「遺伝子組み換え種子」の普及で綿花の収穫量が大幅に増えたぐらいが明るい材料だ。もちろん、これには農業部門への投資や新技術導入を怠ってきた政府の無策が大きい。
 さらに、生産者サイドにもコメや麦などの穀物から付加価値の高い園芸作物へのシフトが見られ、消費者の所得向上で卵や肉といった「蛋白系食品」の需要が急増、これがまたインフレを呼ぶという悪循環が続いている。ついでに言えば、高コスト体質が改善されないインドの農産物は、国民の所得に比べ総じて割高だ。日本とインドの1人当たり名目GDPには40倍近い差があるが、インドのコメ価格は日本のせいぜい10分の1、小麦粉は8分の1、牛乳に至っては4分の1程度にもなる。
 ICRIERでは、内外の大手流通資本に農業部門へ投資させてサプライチェーンの抜本的改良を行うとともに、新技術と資金を投下して農業生産性を上げる「第2の緑の革命」を強く提唱しているが、これには全面的に賛成だ。政治家にとっても、インフレに一喜一憂せず真っ当な金融政策を選択することができるようになるだろう。      (山田 剛)

 

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執筆者プロフィール
山田剛 日本経済研究センター主任研究員。1963年生れ。日本経済新聞社入社後、国際部、商品部などを経て、97年にバーレーン支局長兼テヘラン支局長、2004年にニューデリー支局長。08年から現職。中東・イスラム世界やインド・南アジアの経済・政治を専門とする。著書に『知識ゼロからのインド経済入門』(幻冬舎)などがある。
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