尖閣諸島漁船衝突ビデオの流出事件について、アフリカ国家論から思う

執筆者:平野克己 2010年11月18日
エリア: アフリカ アジア

 国家公務員はいかにあるべきか。
 今回ビデオを流出させた海上保安官に関して、「国家公務員としてふさわしい行為ではない」という意見が、一般から、政治家から、そしてマスコミ人からも、たびたび発せられている。雪印事件のときがそうであったように、内部告発の社会的効用が広く認知されているにもかかわらず、である。私は、これがどうも合点がいかない。民間企業に働くものと公務員は違うということなのだろうか。

 話は変わるが、戦後アジアとアフリカの植民地が続々と独立したことで、人類はいっきに百を超える数の国家をもった。このことは国家に関する理解の様式に、きびしく再考を迫ったのである。新しく誕生した国家をどう理解すればよいのか。ヨーロッパ流の「国民国家」論や市民社会論では捉えきれず、さりとて社会主義国家とも異なる旧植民地新興国家。これを説明するものとして作られたのが「新家産制国家」という概念であった。
 この概念のベースはマックス・ウェーバーの「家産制国家」だ。家産制国家においては国家資産は君主の財産とみなされ、君主との主従関係においてのみ国民が存在している。もちろん新興国家は公法に基づいた法治の体裁を有していた。しかしその実態は、権力者が国富を支配し、その富を裁量的に分配することで親分=子分(パトロン=クライアント)関係を形成して、それによって権力を維持する私的な統治であるから、家産制の現代版だという議論である。統治が私的に行われているとすれば、君主制と同様、官僚機構は権力者の所有物であり、官僚たちは権力者への忠誠を求められる。
 他方、権力が民主的に選ばれる法治国家では、官僚機構は、国民への奉仕を使命とする国家公務員によって構成されなければならない。そして、国民が選出した政治家が、国民の信託を受けて、官僚たちの指揮命令を代行するわけである。

カテゴリ: 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
平野克己(ひらのかつみ) 1956年生れ。早稲田大学政治経済学部卒、同大学院経済研究科修了。スーダンで地域研究を開始し、外務省専門調査員(在ジンバブエ大使館)、笹川平和財団プログラムオフィサーを経てアジア経済研究所に入所。在ヨハネスブルク海外調査員(ウィットウォータースランド大学客員研究員)、JETRO(日本貿易振興機構)ヨハネスブルクセンター所長、地域研究センター長などを経て、2015年から理事。『経済大陸アフリカ:資源、食糧問題から開発政策まで』 (中公新書)のほか、『アフリカ問題――開発と援助の世界史』(日本評論社)、『南アフリカの衝撃』(日本経済新聞出版社)など著書多数。2011年、同志社大学より博士号(グローバル社会研究)。
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