映画「南京!南京!」は抗日映画か(3)

執筆者:野嶋剛 2010年11月21日

 中国映画「南京!南京!」を取り上げてきましたが、今回が最後です。

この映画、、日本でまだ上映に至っていません。監督の陸川氏は「ぜひとも日本でやりたい」と語っていますが、私としても、とても残念なことだと思っています。
 
中国映画はいま、急速な発展を遂げています。
中国の各都市では巨大なシネコンがどんどん建設され、育ち始めたミドルクラスの人々が、週末や夜の娯楽として映画館通いを楽しんでいるからです。マーケットがあれば産業が育ちます。中国映画には国内外のファンドから莫大な投資が集まり、ハリウッド並みの大型予算の大作が続々と制作されています。
この1、2年でも、「南京!南京!」や、以前この欄で紹介した「唐山大地震」、国共内戦のスパイ映画「風声」、中国革命について描いた「建国大業」、そして、孔子の生涯を描いてチョウ・ユンファが主演した「孔子」などがあります。国情の違いやプロパガンダ的な要素から日本人の目には「?」と感じる内容がないではありませんが、脚本や役者の演技力、スケール、撮影技術など、総合的に見て、日本や香港、台湾などの映画のレベルを抜き去っていることは間違いありません。
問題は、こうした中国の傑作、大作があまり日本の映画館で上映されていないことです。映画の興行サイドにしてみれば、中国映画はあまり大きな需要が期待できないうえ、上映に対する抗議行動など予想されるトラブルが心配で、上映に二の足を踏んでしまう、という話も聞こえてきます。
 
映画は外国を知るうえで最良の手段の一つです。中国が大国として台頭し、否応なしに我々も向き合わなければならない存在になりつつあるいま、中国映画を通じて、中国人の発想や生き様を知ることは大きな意味があると思います。過剰な抗議や自己規制でその道を閉ざしてしまっては残念です。今後、「南京!南京!」を含め、中国映画が日本人にもっと身近になるといいなと思っています。
 
この「南京!南京!」の回に、いくつか読者の方から問い合わせをいただきました。
「抗日映画」は何かという明確な定義がある訳ではありません。この文章では、中国共産党のプロパガンダとステレオタイプに完全に浸かって日本人を一方的な悪者に仕立てた映画、という意味で使っています。その意味で、「南京!南京!」は伝統的な「抗日」の枠組みから「解放」されたいという監督の意欲が伝わってくる映画でした。
私が中国でこの映画を見たときに、「日本人はあんなもんじゃない」と怒って立ち去る中国人の年配男性がいました。一方、中国人の友人は「抗日映画は退屈だけど、こういう人間の心理や葛藤を描いたものなら面白い」と評価していました。そうでなければ、中国で記録的な大ヒットとなることはなかったでしょう。
映画は商業活動です。観客が集まらない映画にもいいものはありますが、根本的に映画制作の目的は人々を楽しませるエンターテイメントであるべきです。そのうえで優劣は1人ひとりの観客が判断することです。私は「南京!南京!」は優れたエンターテイメント作品だと思いました。   (野嶋剛)
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執筆者プロフィール
野嶋剛(のじまつよし) 1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)、『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)、『謎の名画・清明上河図』(勉誠出版)、『銀輪の巨人ジャイアント』(東洋経済新報社)、『ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち』(講談社)、『認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾』(明石書店)、『台湾とは何か』(ちくま新書)、『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』(小学館)、『なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか』(扶桑社新書)など。訳書に『チャイニーズ・ライフ』(明石書店)。最新刊は『香港とは何か』(ちくま新書)。公式HPは https://nojimatsuyoshi.com
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