北朝鮮砲撃事件と朝鮮学校無償化停止?: 「原則なき恣意的行政」は、「硬直的官僚主義」以上に危険だ

原英史
執筆者:原英史 2010年11月25日
カテゴリ: 政治
エリア: 日本

 

北朝鮮砲撃事件で、国際情勢は一気に緊迫化。
その余波で、国内の政治闘争は一時休戦ということなのか、仙谷官房長官への問責決議先送りなどが決まったらしい。
 
国内への影響は、それだけではない。
報道によると、「朝鮮学校無償化」について、菅総理が高木文部科学大臣に「こういう状況なので、プロセスを停止してほしい」と指示。政府筋はその理由を、「砲撃事件が起きて、国民の税金を使うことに国民から理解が得られるかどうか、まずプロセスを止めて検討することになった」と説明したそうだ。
 
もともと、我が国の財政が極めて厳しい中、なぜ「朝鮮学校無償化」にカネを使う必要があるのかは、大いに疑問ある話だった。
その意味で、方針転換(少なくとも停止)という結論自体、歓迎してよいのかもしれない。
 
だが、やはり気になるのは、政策決定があまりに無原則でないか、ということだ。
 
文部科学省は、これまで、高校無償化は「学校ではなく、生徒個人に対する支給」であることを強調し、11月5日、「教育の内容は問わず、外形的なカリキュラムが高校課程に準ずるかどうかで適用の有無を判断する」という基準を公表した。
 
その考え方は、「高等学校の課程に類する課程を置く外国人学校の指定については、外交上の配慮などにより判断すべきものではなく、教育上の観点から客観的に判断すべきものであるということが法案審議の過程で明らかとされた政府の統一見解」(2010年8月31日「高等学校等就学支援金の支給に関する検討会議」報告書より)ということだったはずだ。
 
こうした考え方や公表済みの基準と、今回の政府の方針転換とは、明らかに整合性を欠く。
 
状況に応じた柔軟な対応はあってよい、という人もいるかもしれない。
しかし、行政は、法令や基準に基づいて、公平に行われることが大原則だ。
そうでなければ、権力者による恣意的独裁になってしまう。
法令類にとらわれて融通が利かない“硬直的官僚主義”は困りものだが、逆に、融通が利きすぎて、その場その場で立場が変わってしまう“原則なき恣意的行政”は、はるかに深刻な危険性をはらむ。
 
民主党政権は、この問題に限らず、もう少し原理原則を大事にした方がよいと思う。
 
(原 英史)
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執筆者プロフィール
原英史
原英史 1966年東京都生れ。東京大学法学部卒、米シカゴ大学院修了。89年通商産業省(現・経済産業省)入省。大臣官房企画官、中小企業庁制度審議室長などを経て、2007年から安倍・福田内閣で行政改革・規制改革担当大臣の補佐官を務める。09年7月退職。株式会社政策工房を設立し、政策コンサルティング業を営む。大阪府・市特別顧問、国家戦略特区ワーキンググループ委員(内閣府)、社会保障審議会年金事業管理部会委員(厚生労働省)を務めるほか、NPO法人万年野党理事、「地方議会を変える国民会議」発起人など。著書に『官僚のレトリック』(2010年、新潮社)、『「規制」を変えれば電気も足りる』(2011年、小学館101新書)、『日本人を縛りつける役人の掟/岩盤規制を打ち破れ』(2014年、小学館)、『国家と官僚』(2015年、祥伝社新書)。
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