列車の切符論争に見る中国の言論の自由

野嶋剛
執筆者:野嶋剛 2010年12月17日

中国で最近、列車の切符をめぐる論争がありました。

中国ではもともと、予約した列車に乗り遅れても、出発時刻から2時間以内ならば切符の再発行ができました。ところが中国の鉄道部は12月1日より新しい「鉄路旅客運輸規定」と「鉄路旅客運輸弁理細則」を施行し、病気や事故などの理由以外で予約した列車に乗れなかった場合、切符が無効になるとルールを変えたのです。新制度の導入後、各鉄道駅の窓口は厳格に対応し、10分の遅刻で何百元の切符が紙くずになってしまったことに涙を流して抗議する利用者が相次ぎました。

 これに対し、「非人道的な措置だ」「利用者をいじめるものだ」などと猛烈な反発が巻き起こり、ネットを中心に鉄道部の方針を批判する声で大いに盛り上がりました。タイミングも悪かった。中国人にとって一年間で最大のイベント、旧正月の帰省が迫っていて、多くの人が列車に乗って帰省するだけに、リアクションは一層激しいものになりました。
 鉄道部に対し、「遅刻した客に金を返さないなら、列車の遅刻の場合は客に金を返すべきだ」との意見も相次ぎました。中国では列車の遅延による払い戻しの規定がないからです。中国のダイヤの日常的な遅延はかなり改善されたとはいえ完全にはなくなっておらず、利用者はたまったものではありません。しかし、鉄道部は「規定がないから払い戻しには応じられない」の一点ばりです。
結局、反発の強さに驚いたのか、鉄道部が折れた形になり、今週、「今回の改正はダフ屋対策であり、通常の払い戻しには影響を与えない」と表明せざるを得なくなりました。今後、遅刻して列車に乗り損ねた人は、駅の職員に理由を伝えれば原則再発行できるそうです。中国のネットやメディアは「民意の勝利だ」と大喜びです。
最近、中国では「世論」が圧力となって政府を動かすケースが少なくありません。確かに「民意の勝利」ではあるのですが、この問題は、自由と民主という問題を改めて私に考えさせました。
中国の人々は、鉄道部という「官」に抗議し、政策の撤回に成功しました。言論の自由が機能したことは間違いありません。しかし、これは必ずしも民主ではありません。私の理解では民主とは制度のことであり、選挙のように民の声が政治に反映される制度的保証があることを指します。今回はたまたまうまくいきましたが、次もこうなるとは限りません。中国では自由に意見を表明できる対象に制限があるからです。天安門事件もノーベル平和賞も現時点では言論の自由が届かない領域にあります。そして、選挙によって政治家を変えることも当然、できません。
その意味で、中国で言論の自由は広がっていますが、今回のような「民意の勝利」は局地戦での勝利に過ぎず、民主への道はまだまだ遠いということです。(野嶋剛)
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執筆者プロフィール
野嶋剛
野嶋剛 1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に「イラク戦争従軍記」(朝日新聞社)、「ふたつの故宮博物院」(新潮選書)、「謎の名画・清明上河図」(勉誠出版)、「銀輪の巨人ジャイアント」(東洋経済新報社)、「ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち」(講談社)、「認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾」(明石書店)、訳書に「チャイニーズ・ライフ」(明石書店)。
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