「山師」が創業したアラビア石油の興亡

執筆者:喜文康隆 2000年3月号

「採掘権は実質的にサウジアラビアの王室と山下家でむすばれた。その意味を理解している人はだれもいなくなってしまった」 サウジからアラビア石油に与えられていたカフジ油田の採掘権が失効した二月二十八日、アラ石の創業者・山下太郎ゆかりの男はこうつぶやいた。 二十世紀は石油の世紀だといわれる。二つの世界大戦とオイルショックをまたぐ百年のドラマは、ナショナリズムと市場メカニズムの相克のなかでうまれた合従連衡の歴史である。 そのなかで、山下太郎がサウジアラビアとクウェートを相手に、カフジ油田の四十年間の採掘権を獲得したドラマは特異な光を放っている。山下の言葉で言えば「時代の趨勢という僥倖」がこのドラマを後押しした。 第一の僥倖はアラブ民族主義と資源ナショナリズムの台頭である。一九五六年のスエズ動乱をきっかけに中東各国に高まった旧宗主国にたいする反発、そして欧米のメジャー資本にたいする反発がなければ、敗戦国日本の、しかもどこの馬の骨ともわからない山下太郎が大仕事をなしとげることはありえなかっただろう。 二つ目の僥倖は国内環境である。三菱、三井、住友など戦時体制を経済面でささえてきた大財閥は、この時点では散り散りに解体し、石油開発のような巨額の投資負担にたえられるような体力もなければ、構想力をもった経営者もいなかった。その間隙をぬう形で、経団連会長の石坂泰三と、日本興業銀行副頭取の中山素平という財界・銀行界における二人の傑出した実力者が、山下を支援した。

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