重田康光と小谷光浩の運命が交錯した日

執筆者:喜文康隆 2000年4月号
カテゴリ: 経済・ビジネス 金融

 三月十五日。ふたりの男が、運命の糸にあやつられるように転機を迎えた。男の名は重田康光と小谷光浩。 三十代の若き経営者として、そして時価総額八兆円の超優良企業・光通信の創業者として、マスコミの脚光を浴び続けてきた重田康光。その重田に逆風が吹き始めている。三月十五日、記者会見した重田は、神妙な顔つきで株価操縦疑惑、携帯電話をめぐる詐欺まがい商法、さらには自分自身の逮捕説を否定した。 そして、もうひとりの小谷光浩は、この日東京高等裁判所の八〇五法廷で繰り広げられた予想外のドラマの当事者になった。「きょうは判決を言い渡しません」――。龍岡資晃裁判長の判断で、新聞の予定にまで掲載されていた「蛇の目ミシン」の高裁判決が、急遽三月末まで延期されたのだ。小谷光浩の恐喝を立証するポイントとなった、旧埼玉銀行・増野武夫元頭取のメモの信憑性に対する疑義を弁護側が提起し、裁判所がこれを「無視しがたい」と判断したからだ。裁判所としては異例の判断であり、事件の深刻さを象徴していた。 重田康光と小谷光浩。この二人に「似ている」といえば、当人たちが嫌がることは間違いない。小谷なら「株式市場のイロハもわかっていない重田といっしょにされてはたまらない」と言うだろうし、重田は「恐喝事件で刑事責任に問われている被告人と同列に論じられてはかなわない」と答えるだろう。しかし、当人たちの思いはいざ知らず、この二人は確かに似ている。特に似ているのは時代との関わりかたである。まず、「象徴的な商品」をかぎわけ、「金融的手法によって信用創造を最大限にふくらまし」、そして彼らの名前通り確かに一時は「光」を当てられ、最後に「世間の嫉妬」と「市場」に復讐されるプロセスが、である。

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