自然発酵世界標準 茂木友三郎『「醤油」がアメリカの食卓にのぼった日』

執筆者:船橋洋一 2000年8月号
カテゴリ: 文化・歴史 書評

 数あるマッカーサー語録の中で、それほど知られていないが、マッカーサーの対日観の本質を映し出す言葉がある。「私は米と野菜と魚と味噌の日本人の食生活を、パンとバターと牛乳とハムの生活に変えるために来た」 しょうゆ、とは言わなかった。が、一言で言えば、しょうゆ味の日本文化をバター味の日本文化に変えるということだった。 いまマッカーサーが生きていたら、回転ずしと稲荷ずしと、ヒヤヤッコとエダマメを愉しみ、嗜む米国人の姿をどう思うだろうか。ソイ・ソース、ソイ・ソース・ライト(減塩)、テリヤキ・マリネードなど各種のキッコーマン商品が所狭しとスーパーに並ぶ光景をどう見るだろうか。 私自身、一九七〇年代、八〇年代、九〇年代と三度にわたって米国で生活したが、この間の米国人の食生活の変化にその都度、目を見張った覚えがある。 七〇年代、マサチューセッツ州ケンブリッジには日本料理屋は「Genji(源氏)」という名の店が一軒あるだけだった。米国の新聞記者仲間を何回かそこに連れていったが、注文はスキヤキとテンプラと相場が決まっていた。寿司はまだ受け付けなかった。 八〇年代、ちょっとした都市に行けば、どこにもベニハナがあった。テリヤキに人気が集まった。あんなの日本料理屋ではない、と日本人の駐在員たちは言っていたが、鉄板の上でもやしからもうもうと上がるしょうゆの焦げた匂いを含んだ湯気を胸いっぱい吸う米国人客の楽しそうな顔を忘れることができない。ベニハナは、米国人にご飯、しょうゆ、箸をなじませた。

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