「安全のエキスパート」という人生 黒田勲(日本ヒューマンファクター研究所所長)

執筆者:船木春仁 2001年3月号
カテゴリ: 経済・ビジネス

「サルも木から落ちる。この当たり前の事実を、誇り高き集団が受け入れ、自らの事故防止策の発想の基点とするのに二〇年ぐらいかかったね」 黒田勲。医師にして事故調査、安全工学の碩学である。航空機事故から原子力事故、医療過誤、労働災害まで安全に関わるすべてのフィールドに挑み、「日本人にとっての安全」を考え続けてきた。それは日本人が根底に持つ文化そのものを問う作業でもあった。 黒田の安全哲学は二つに集約される。一つは、「人間は間違いを起こす存在である」という認識。一つは、「安全という状態があるのではなく、安全を確立しようとする努力そのものが安全である」という思想。それを象徴するエピソードには事欠かない。 ある時、建設現場の事務所で、作業員がドアのガラスに気がつかずに頭を打ちつけてけがをした。所長は日頃から、「建設事務所といえどきれいにしておかなければならない」と指導していた。きれいに磨かれたドアガラスは、そこにガラスがあると気がつかないほどだった。けがをした作業員に所長は、「ドジなことをして」と叱責した。 しかし黒田は、「ドジなのは所長に他ならず、典型的な日本的安全論の持ち主だ」と反発した。きれいにすることは安全のために大事だ。しかし、ガラスをきれいに磨けば人には見えにくくなるのも当然で、そのための予防策はなにも取られていない、と。黒田が提案したのは、作業員の子どもに父親の働く姿を描かせ、その絵をドアガラスに貼ることだった。

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