歴代政権の経済ブレーン

2001年7月号
エリア: 日本

 戦後の諸制度と同じく、経済指南役も第一号は「輸入品」だった。昭和二十四年、トルーマン米大統領の特使として来日したデトロイト銀行頭取のジョゼフ・ドッジは、占領下の日本で超均衡財政策を強行するなど、荒療治を施した。一ドル=三六〇円の為替レートを定めたのもドッジである。 大蔵省、経済安定本部(経済企画庁の前身)、日銀などに籍をおいた個性豊かな「国産」のエコノミストたちも、復興期から高度成長期にかけて、華々しく政策論争を繰り広げる。都留重人、大来佐武郎、下村治、吉野俊彦、金森久雄……といった錚々たる顔ぶれの中でも、実際に財政や経済政策に影響を与えたという意味では、都留と下村が双璧、別格だ。都留は慎重論者、悲観派の代表であり、進歩的文化人の旗印的な面も強かった。 竹中大臣が「目標」として挙げた下村治(一九一〇―八九)は、反対に楽観派、積極策にもとづくアイデアを打ち出す「攻めのエコノミスト」で、昭和三十五年、池田勇人内閣の「所得倍増計画」立案にあたっては、紛れもない中心人物だった。博士号をとった論文は「経済変動の乗数分析」。投資が生産面にどのような効果を与えるかを理論的に解明しようという、当時としては画期的な試みだった。イギリスの経済学者ハロッドらによる「ハロッド・ドーマー理論」と相通ずる、ノーベル賞級の研究だと賞賛された。

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