私はこんな教育を受けてきた 「逸材」はいかにして育ったのか

執筆者:藤沢久美 2001年8月号
カテゴリ: 社会 金融
エリア: 日本

 家庭や学校、職場で、ものを教えこまれたという意識がありません。人から教えこまれるというのが苦手なのです。外資系企業三社で働き、同僚と起こした会社も外資系企業に売却した経歴から、MBA取得者や帰国子女と間違われるのですが、実際はずっと公立校で、大阪市立大を出て日本企業に入った純国産組。転職も起業も自分なりに考え抜いた結果で、教えられることに慣れていたら、できなかったかもしれません。 父は大阪市の建設局で橋梁の設計に携わっており、父の影響から、私も自分で電磁石を作ったり、パソコンでプログラムを組んだりする小学生でした。自分で考えようとするのは、そのころからの癖です。 大学で皮膚呼吸を研究しながら就職先に金融業界を選んだのは、当初、金融アナリストに興味を持ったから。データを集めて分析し、予測する作業が好きだったのです。そもそも就職を前に立てた目標が、「上下関係のない会社を自分でつくろう」。教授が絶対的な力をもつ大学を見て、既存の組織に違和感がありました。 アナリストになる機会は巡ってきませんでしたが、就職してからは、会社づくりに必要なスキルを求めて転職を重ねました。英語をモノにしようと、専門学校の早朝コースに通ったこともあります。

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