ビン・ラディンが一撃したアメリカニズムの臨界点

執筆者:喜文康隆 2001年10月号

「しかしながら、社会は不断に相互に傷つけあい、害しあおうと待ちかまえているような人々の間では存立することは不可能である」(アダム・スミス『道徳情操論』)     * 誰もが苛立っている。ふだんなら笑って過ごせるようなことに妙に気分を逆立て、暗黙の信頼によって成り立っていた関係に微妙な違和感を覚える。恐らく世界のあちらこちらで、同じような摩擦が起きていることだろう。 原因をたどってみれば、全てがあの日に帰着する。九月十一日、ニューヨーク・マンハッタンのワールド・トレード・センターに突っ込んだ二機の民間飛行機。五千人の命を飲みこみつつ崩壊した百十階建てのビル。それを世界に同時中継する通信・放送のネットワーク。映像は、世界中の数十億人の人間の脳に刷り込まれ、それまで数十年かけて構築された「価値の尺度」を大なり小なり破壊した。 三半規管をこわした人間のバランス感覚の喪失。苛立ちの原因はこれに似ている。資本主義を受け容れない人々 一九九〇年の初頭、新聞のコラムでこんな原稿を書いた記憶がある。「一九八九年十一月九日のベルリンの壁の崩壊を契機に、世界の株式市場は『平和の配当相場』にわいているが、平和の配当の前に、平和のコストが立ちはだかるのではないだろうか?」

この記事は役に立ちましたか?
フォーサイト最新記事のお知らせを受け取れます。
この記事をSNSにシェアする
執筆者プロフィール
comment:0
icon
  • 記事の閲覧、コメントの投稿には、会員登録が必要になります。
フォーサイトのお申し込み
注目記事ランキング
  • 24時間
  • 1週間
  • f
最新コメント
最新トピック
  • 新着
  • 高評価
  • コメント数順