【ブックハンティング】

執筆者:三田村冽 2002年1月号
カテゴリ: 書評

 アフリカの大地に沈む太陽を見た者は、明日を約束するかのような、その存在感に圧倒されるという。 山崎豊子『沈まぬ太陽』(アフリカ篇・御果鷹山篇・会長室篇 全五巻)の文庫化がなった。単行本は累計二百万部を超えるベスト・セラーとなったが、文庫も発売一カ月で一気に累計百二十五万部を超えた。新たな読者を増やしているのは、主人公の生き方が、現代日本を鮮やかに照射しているからだろう。 昨年末、失業率は五・五%に達した。数字だけでは伝わって来ない企業の中での組織と人間の軋み――。 日本経済がさらに不況の色を濃くする中、「コスト・カッター」が称賛され、企業の論理が個人の人生を大きく揺さぶっている。悲観論と諦観ばかりが漂っているとさえ見える。 そうした時代に、巨大航空会社の理不尽な仕打ちと戦う『沈まぬ太陽』の主人公・恩地元の勇気と人間性が、読者を励ますのである。 ヘミングウェイと同じ「ロスト・ジェネレーション」の米国作家ドス=パソスは、自らの戦争体験(第一次世界大戦)に呼応するように、敢然と組織に戦いを挑む主人公を造形した。 いま日本では、この困難な時代相と対峙する文学として『沈まぬ太陽』が読まれている。さらに言えば、ドス=パソスは代表作と言われる『U.S.A.』三部作で、フィクションの中にノンフィクション言語を取り入れながら、時代を描き尽くしているが、『沈まぬ太陽』もまた、御果鷹山のジャンボ機墜落事故の徹底取材や航空会社の内情など丹念に調査した事実を随所に活かしながら、組織の非情と腐敗を暴き出した小説である。

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