エルサレム最新事情(下)幻となった「聖地」の分割案

執筆者:立山良司 2002年5月号
カテゴリ: 国際 文化・歴史
エリア: 中東

 二〇〇〇年夏から二〇〇一年初めにかけて行なわれたイスラエルとパレスチナとの中東和平交渉に関し、いくつかの「神話」が生まれた。一つはイスラエル首相バラクが大幅に譲歩したのに、PLO(パレスチナ解放機構)議長アラファトがそれを頑なに拒否したという話だ。もう一つは、「解のない方程式」エルサレム問題をめぐる対立で交渉は行き詰まり、失敗したという見方だ。 前者は二〇〇〇年七月に行なわれた首脳交渉が不首尾に終わった後、イスラエルと米国が盛んに流した噂だ。その後、イスラエルや仲介役の米大統領クリントンにもかなり問題があったことが検証されている。 一方、エルサレム問題が交渉プロセスを大きく左右したことは確かだ。しかし、この問題で何も前進がなかったとするのは、事実に反する。実際、「一つの町をいかに分割しながら共有するか」という議論がかなり突っ込んだ形で行なわれた。パレスチナ人交渉関係者の一人は「航空写真を前に、一つ一つの街区や建物をここはイスラエル側だ、パレスチナ側だと選別しながら、主権の範囲を確定する実に細かな作業だった」と述懐した。 現在のエルサレム市域は南北二十キロ、東西十キロと縦に長い。一九六七年までフェンスで東西に分断されていたが、同年の第三次中東戦争でイスラエルが勝利し、旧市街地を含む東エルサレムやその後背地ヨルダン川西岸を占領した。

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