韓国ナンバーワン財閥「現代」解体と再生の物語

執筆者:上川亮輔 2002年6月号
エリア: 朝鮮半島

創業者・鄭周永の死や「お家騒動」が契機となって、事実上解体した現代財閥。しかし、グループ間のもたれ合いがなくなったことで、逆に再生を遂げた企業群も多い。[ソウル発]二〇〇二年三月二十一日午前十一時、ソウルから車で東北方面へ一時間半ほどの京畿道河南市倉遇洞。にんにく畑に突然あらわれる広大な墓地に、小雨と中国からの黄砂が入り交じるあいにくの天候にもかかわらず、黒塗りの高級車が次々と到着した。韓国最大の財閥、現代(韓国語ではヒョンデ、英語ではヒュンダイ)グループの創業者である故・鄭周永氏の一周忌に駆けつけた各界VIPやゆかりの人々だった。 故人をしのぶ出席者が車を降りて小道を五分も歩くと、墓地の入り口で黒いスーツを着た六人の男の出迎えを受けた。 鄭周永氏の息子たちだった。この日の儀式のメーンホストで出席者を真っ先に出迎えたのは鄭夢九現代自動車会長(次男)。その隣に同じ巨体の鄭夢根現代百貨店会長(三男)がひとなつこい表情で並ぶ。さらに鄭夢憲現代峨山会長(五男)、鄭夢準韓国サッカー協会会長(現代重工業顧問、国会議員、六男)、鄭夢允現代海上火災保険会長(七男)、鄭夢一現代企業金融会長(八男)が横一列で一人一人と言葉を交わす。すでに死去した長男と四男を除くすべての兄弟が公の場で一堂に会したのは葬儀以来のことだった。

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