絶望がひきがねを引くアルゼンチンからの脱出

執筆者:浅井信雄 2002年7月号
カテゴリ: 国際 文化・歴史
エリア: 中南米

 経済危機脱出のためIMF(国際通貨基金)からの厳しい支援条件と格闘中のアルゼンチンについて、ある英誌は「(サッカーの)ワールドカップに勝つのとIMFに勝つのではどちらが困難か」と書いた。 アルゼンチンはなぜサッカー強国なのか。イタリア、スペインなど欧州のサッカー強国からの移民が多く、高いサッカー文化を継承したからとの指摘がある。そこでサッカー論は民族論につながる。 中南米世界にあって、アルゼンチンは民族構成が異色である。先住民族や黒人が少なく、白人が圧倒的に多いため、中南米世界で最も欧州的な白人社会が実現した。二十世紀初頭、「世界のパン籠」と称されたアルゼンチンは世界有数の豊かな国であり、希望と富を求める欧州からの移民は「ニューヨークかブエノスアイレスか」という「二本の黄金の道」の選択に悩んだという。 スペインが植民を始めた十六世紀、アルゼンチン一帯の人口は約三〇万人で北西部で農耕生活をしていた。初の国勢調査が行なわれた一八六九年、総人口は約一八〇万人、そして二〇〇一年七月現在のCIA(米中央情報局)推定では三七三八万四八一六人に増えた。しかし、急激な人口増は一九二九年から始まった大恐慌でブレーキがかかり始め、欧州近代の少子化の影響を受けて、今日の人口増加率は中南米で最低に近づいている。

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