「大波乱の党大会」を控えた北戴河会議に異変

2002年10月号
カテゴリ: 国際
エリア: 中国・台湾

「例年通りの車列が続くのですが、みな小規模になっていました」――中国共産党中央の高官は、今夏の北戴河会議で相次いだ「異変」を語る。会議に参加する高官たちは家族や秘書グループを従えて、それぞれが数台の乗用車を仕立て、さらに衣類などの必需品や他の高官にプレゼントする各地の特産品などを満載したRV車や小型マイクロバスをともない、河北省の避暑地、北戴河に入る――。これが例年の風景だった。 だが今年は党中央が、軍事管制区域である会議開催地区への「通行許可証の発行を極端に渋った」という。ある地方の党委書記の車列は昨年の五台から二台に、冒頭の高官自身の場合は四台が一台になった。表向きは簡素化を謳いたいのだろうが、「(党中央は)情報漏れに神経質になっていた。参加者や関係者の数を絞りたかったのだろう」というのが実情らしい。「異変」が起きたのは車列ばかりではない。会議の開催日数も短くなった。七月二十四日頃に政治局常務委員七人が集まったと思ったら、二十九日には北戴河を離れる指導者も。江沢民総書記自身、八月一日の人民解放軍創設記念日の前夜祭や当日の式典、二日のムシャラフ・パキスタン大統領との会見で北京入り。それぞれのレベル・部門で断続的に会議は続いたが、トップ七人が一堂に会する会議は八月十五日にはすべて終了した。「実質的な話し合いの時間の短さ」は、例年の四週間とは比べものにならない。

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