【キーパーソン】生田正治 郵政公社初代総裁は「市場原理」を知る戦術家

執筆者:杜耕次 2002年11月号
カテゴリ: 経済・ビジネス 金融

 とにかく「長いものには巻かれろ」式の非合理性が何より嫌いらしい。「和をもって尊しとせず」 生田正治(六七)がこう言い放ったのは、商船三井社長だった四年前の九八年十一月。社内向けに檄を飛ばしたという話ならまだしも、これが半年後に控えていたナビックスラインとの合併方針の一項目だったから、周囲は度肝を抜かれた。 厳しい業界環境からすれば「社内融和に無駄な時間を費やしている余裕はない」というのが生田の真意だったろうが、社長の過激発言に慣れっこになっていた商船三井社内はともかく、事実上吸収合併される立場のナビックス社員・幹部にとっては不安の火に油を注がれた感があったに違いない。 商船三井ではすでに、社長就任以降、物議を醸すような言動で何度も波紋を呼び起こしていた。阿諛・迎合は許さず、取締役会などで自分と同意見を長々と述べる役員には「同じ見解なら聞く必要はない」と発言を封じ込め、どっちつかずで風向きを見ている役員は厳しく追及する。正反対の意見でも歯に衣着せずモノを言う部下を好んだ。 生田が前任の轉法輪奏からバトンを受け継いだのは九四年六月。住友系の大阪商船と三井系の三井船舶の合併で会社が誕生して三十年が経過していたが、たすき掛け人事がいまだ解消せず、商船系の轉法輪から三井系の生田への社長交代に一喜一憂する向きがあった。うるさ型のOBが経営幹部に居座っている子会社にもその傾向が強く、「O(大阪商船)だ、M(三井船舶)だ」と騒いで何かと効率を阻害していたという。このため、生田は就任三年目の九六年から「市場原理導入」を旗印にグループ経営改革を断行して無能な幹部に退任を迫るなど、子会社に巣喰っていた旧態依然の“身内意識”を一掃してしまった。

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