シーク教徒攻撃は再び火を噴くか

執筆者:立山良司 2002年12月号
カテゴリ: 国際 文化・歴史

 現代の世界で最も激しい宗教的暴力を経験したのは、インドのシーク教コミュニティだ。一九八〇年代から九〇年代前半にかけてインド政府軍や警察との衝突、内部のテロなどで、毎年数百人から数千人の犠牲者を出していた。 シーク教徒の男性といえばターバンと髭、つまり“典型的なインド人”というイメージだ。だが実際のシーク教徒人口はインド全体の約二%、千八百万人。しかもその多くはパキスタン北部と隣接したパンジャブ州に集中している。ただシーク教徒は世界各地にコミュニティを持ち、あの独特な姿で活動しているため、インド人といえばシーク教徒というイメージが定着したのかもしれない。 シーク教は比較的新しい宗教だ。創始者ナーナクは十六世紀初頭に神の啓示を受けシーク教を開いた。当時、インドの宗教はヒンズー教とイスラム教が中心だった。ナーナク自身も元々ヒンズー教徒で、シーク教はヒンズーとイスラムの両方から影響を受けている。シーク教の根本原理は時間や空間を超越した「絶対真理」である「唯一の存在」を聖なるものとして信じ、祈りや精神集中を通じ「唯一の存在」と合一することにある。 シーク教団は勇敢な武装組織として知られてきた。ムガール帝国の弾圧にも繰り返し抵抗し、同帝国が衰退期に入った十八世紀末にはパンジャブ地方に自分たちの王朝を樹立した。王朝は五十年ほどで英国に破られたが、その時にもシーク教徒たちは勇猛に英国軍と闘い、その名を高めた。それ以降、独自の政治体制を持ったことはない。

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