二つのニュースが静かに告げる「近代の理念」の崩壊

執筆者:喜文康隆 2003年2月号
カテゴリ: 経済・ビジネス 金融

「世界経済は、危険な浅瀬だらけの未知の海を、速度を上げながら進む船である」(エドワード・O・ウィルソン『知の挑戦』)     * 新聞のニュースは時代とともに変質する。今年の元旦、ニュース皆無の新聞各紙の一面を眺めつつそう思った。 かつて、日本の新聞にとって元旦のニュースとは「作るもの」だった。新聞記者は大晦日まで政治家・官僚・経営者などのネタ元に接触し、翌年に起きるニュースを先取りし、元旦にニュースを合わせる。そして、ニュースの発信者も、ニュース作りに協力する。元旦の新聞紙面は、新聞とニュースの当事者が共同で読者に送る時代のメッセージだった。 しかし、今年の元旦の紙面に、この手のニュースは皆無だった。それは、「情報の伝達」という面では新聞の正常化であるが、別の見方をすれば、ニュースをコントロールし発信できる主体としての新聞の崩壊でもある。 ほんとうの変化は、マスメディアの認識とはズレつつ、「深層」でおこっている。ソロスの「いいとこどり」「ジョージ・ソロス氏にインサイダー取引で有罪判決」「新興宗教団体『クローン人間誕生』と発表」――昨年の暮れも押し迫った時期に、新聞は遠慮がちに二つのニュースを報じた。遠慮がちと言ったのは、二つの事件ともモラル(道徳)に関わる問題でありながら、マスメディア流のステレオタイプの切り口が瞬時に見つからないからだ。しかし、切り口が見つからないという事実が、実は見事に時代の転機を象徴している。

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