油田発見が加速したベネズエラの混血化

執筆者:浅井信雄 2003年3月号
カテゴリ: 国際 文化・歴史
エリア: 中南米

 イラク攻撃気運と石油価格が「ダブル・エスカレーション現象」を呈してきたが、石油の供給・価格の両面で展望を厳しくするのが、南米の有力な産油国ベネズエラの政情不安である。 カリブ海沿岸のベネズエラの名は「小ベネチア」の意味だ。沿岸の風景がベネチアに似ていたので、欧州からの遠征者がそう呼び、地域名から国名になる。ベネズエラの民族状況は歴史的に社会不安の主因をなしていたが、宗教紛争はほとんどなく、多角的な民族融合が着実に進んでいった。そのユニークな過程が民族学の特殊テーマになっている。 住民はインディオ、白人、アフリカ系黒人の三民族の混合体である。紀元前一万五〇〇〇年頃の人間の狩猟の痕跡があり、前三〇〇〇年頃の最古の土器も発見ずみだ。長らく内陸山岳地にインディオが居住するだけだったが、一四九九年に南米初のスペイン植民地になって以降、波乱の歴史が始まる。 スペイン人の男性入植者は、まず労働力のインディオとの混血を始めた。欧州の病菌でインディオの病死も多く、労働力不足を補うためアフリカから黒人奴隷が導入されたが、インディオと白人、その両者の混血メスティソの三者が、それぞれ黒人との混血を深めていった。

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