「新しい国」イタリアは「古い欧州」の一員か

執筆者:浅井信雄 2003年4月号
カテゴリ: 国際 文化・歴史
エリア: ヨーロッパ

 イラクをめぐる米国と欧州の対立の中で、ラムズフェルド米国防長官が仏独に対して使った「古い欧州」の呼称は記憶されるべき一言であるが、ではイタリアは古いのか新しいのか。実はどちらとも言いがたいところに、イタリア人の民族的特徴がある。 イタリアがほぼ現在の版図で統一王国になったのは一八六一年だから、米国よりも「新しい国」だが、ローマ時代にさかのぼれば、広大な帝国の一部に過ぎないながら、この地域が単一権力の支配下にあったので、イタリアは「古い国」と言えなくもない。その中間の時期には多くの都市国家と小公国が乱立した。 古い国の領土の広大さ、中間時代の細分化、新しい国の激変の三種類の時代状況を経て、「イタリア人とは」という総括的説明が困難になり、多極・多中心の民族性を生んだと言える。 旧石器時代から人間居住の跡が見えるが、紀元前一七〇〇年頃の住民は、北から南下したインド・ヨーロッパ語族の多数の人たちに加えて、バルカン方面からの移住者がいたと推定される。 その後は、桟橋型国土が地中海に大きく突き出しているため、住民が欧州大陸だけでなく、地中海世界の北アフリカやレパント地方との間でも頻繁に去来したのは自然で、住民に地中海的要素が加味された。イタリア人とは、多くの民族の複雑な混交体であることがわかる。

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