なぜ李瑞環は舞台から下りたのか

執筆者:藤田洋毅 2003年4月号
カテゴリ: 国際 金融
エリア: 中国・台湾

「大工の李さん」と親しまれ、庶民的な言動や果敢な改革姿勢で知られた李瑞環中国人民政治協商会議主席が政治の表舞台から去る。最高指導部の定年内規に二年余を残す六十八歳。定年内規を五歳も超えながら最高指導者の地位を保持した江沢民党中央軍事委主席との権力闘争に完敗したのだ。「中国政治においては、派閥を形成しない限り力を持ちえない。一九九七年の喬石、昨年の李鵬という二代の全国人民代表大会常務委員長の党大会人事での粘りを思い浮かべてください」 党中央のある幹部は、二人が子飼いの部下をそれぞれ自分の後釜として政治局常務委員に押し込んだのに比べ、李瑞環の非力さは際立っていると語った。なぜなら李の政治的な資産は「トウ小平の後ろ盾と、地盤だった天津グループのみ」だからだ。すでに何らかの派閥に属し一線を退いた幹部らの養老院と揶揄される政協の主席として、派閥作りすらままならなくなっていた。 しかもトウのお墨付きは、もはや耐用年数を過ぎ錆びついた。江の「三つの代表論」が党を席巻するなか、口を開けば「トウ小平理論の旗幟」と繰り返すばかりの李を、欧米留学組の中堅・若手幹部らは「時流に乗るのがうまい政客にすぎない。すでに過去の人」と決めつける。三つの代表論に対する李の消極的な態度も、「江に対する反発からだけではない。革命党から執政党、階級政党から国民政党へと共産党を脱皮させる大きな構図を理解出来ない。要するに頭が悪いのです」とまで酷評する党中央の若手ブレーンもいるほどだ。

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