「IPOのカリスマ」失墜は何を物語るのか

執筆者:喜文康隆 2003年6月号
エリア: 北米

「《それにしても、何か変わったことでもあったのだろうか》と一九四〇年の九月にあの出不精の小市民が、家具に埋まりながら言ったことです。《みな相かわらず同じようなビフテキを食べているじゃないか》」(ボーヴォワール『人間について』)     * 証券取引委員会(SEC)などの米国の規制当局が、一九九〇年代後半のハイテク株ブーム時に横行した「スピニング(回転)」の規制に乗り出すという。このニュースを聞きながら、奇妙なデジャビュ(既視感)の感覚にとらわれている。 スピニングは「証券会社が引受業務などでの指名を目指して、決定権を持つ企業幹部に値上がり確実で通常の投資家には行き渡らない新規公開株を優先的に回す行為」(日本経済新聞)だという。これは、日本の証券会社がまだ「株屋」と呼ばれていたころ、日本の証券市場で特定の顧客を優遇する手法として常態化していた「親引け」そのものである。

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