「世界特許」の覇権をめぐり孤立深める日本

執筆者:楠佳史 2003年7月号
エリア: 日本

[ジュネーブ発]ルネッサンスを育んだ都市フィレンツェ。街を歩けば、到る所で偉大な建築家にして芸術家の精神に出会う。サンタ・マリア・デル・フィオーレ教会(ドゥオーモ)やピッティ宮殿を現代に残したフィリッポ・ブルネレスキだ。一四二一年、彼は大理石運搬の造船技術で歴史上初の特許を取った。 北西へアルプスを越え六百キロ。スイス・ジュネーブの世界知的所有権機関(WIPO)は、現代の特許戦争の舞台だ。一九九九年の特許出願は各国国内限りのものが六十四万件。一方、国境を越えた出願は六百二十九万件に上ったが、元になった新技術や発明は十八万六千件に過ぎない。一つ一つを多くの国で出願するため、延べ件数が膨張するのだ。 企業の経営資源の柱である知的財産権戦略が急速にグローバル化している証拠である。その有力なツールが特許協力条約(PCT)だ。特許は各国で個別に出願できるが、PCT出願は権利を取りたい国を指定し、自国の当局に母国語で一通の書類を出せば、すべての国でその日に出願したと見なす便利な仕組みだ。PCT出願は二〇〇二年、前年比九・七%増の十一万四千件超に達した。一九八八年に一万件、その後九年かかって九七年に五万件を超えた後、たった五年で倍増した。牽引役は米国。約四万四千件とほぼ四割を占め、二位ドイツ(約一万五千件)、三位日本(約一万一千件)に水をあける。八〇年代以降のプロパテント戦略が奏効した格好だ。

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