「世界特許」の覇権をめぐり孤立深める日本

執筆者:楠佳史 2003年7月号
エリア: 日本

[ジュネーブ発]ルネッサンスを育んだ都市フィレンツェ。街を歩けば、到る所で偉大な建築家にして芸術家の精神に出会う。サンタ・マリア・デル・フィオーレ教会(ドゥオーモ)やピッティ宮殿を現代に残したフィリッポ・ブルネレスキだ。一四二一年、彼は大理石運搬の造船技術で歴史上初の特許を取った。 北西へアルプスを越え六百キロ。スイス・ジュネーブの世界知的所有権機関(WIPO)は、現代の特許戦争の舞台だ。一九九九年の特許出願は各国国内限りのものが六十四万件。一方、国境を越えた出願は六百二十九万件に上ったが、元になった新技術や発明は十八万六千件に過ぎない。一つ一つを多くの国で出願するため、延べ件数が膨張するのだ。

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