「ピープル・パワー」を演出した枢機卿の強すぎる力

執筆者:立山良司 2003年7月号
カテゴリ: 国際 文化・歴史

 一九八六年にマルコス政権を打倒した「ピープル・パワー」は、二〇〇一年一月にはエストラダ大統領を退陣に追い込んだ。二度にわたる民衆運動を背後で組織化し新政権を誕生させたのは、フィリピンのカトリック教会といっても過言ではない。八六年に反マルコスを宣言したエンリレ国防相らへの支援を呼びかけ、二〇〇一年に反エストラダ集会を主催し、エドサ聖堂で開かれたアロヨ大統領の就任式典で新大統領に祝福を与えた人物こそ、シン枢機卿だからだ。 フィリピンがカトリック化されたのは、十六世紀末からの三世紀に及ぶスペイン植民統治時代だ。スペインはもともと香辛料の獲得とカトリックの布教を目的にフィリピンにやってきた。このうち香辛料は発見できなかったが、カトリック布教の目的は十分に達成したといえる。というよりもスペインの統治そのものが、カトリック教会によって支えられていた。地方行政制度と教区組織はほぼ重なり合い、教区の司祭は植民地支配の最先端に位置していたからだ。 現在もカトリック教会はすべての社会階層に影響力を行使できる唯一の全国的な社会組織といわれている。教会の動員力は二度の「ピープル・パワー」で十分立証された。逆に二〇〇一年五月、エストラダ支持者が彼の復活を求めてデモをした際、シン枢機卿らは「エストラダ一派の策謀」としてこの動きを切り捨てた。結局、教会の“祝福”を受けられなかったエストラダ支持者の運動はすぐに孤立し、沈静化した。

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