「我は何者か」アイデンティティを問い続けるエジプト人

執筆者:浅井信雄 2004年1月号
カテゴリ: 国際 文化・歴史
エリア: アフリカ

 アラビア語でエジプトの国名は「ミスル」である。これは七世紀にアラブ国家としての誕生直後にイスラム軍が征服地に設けた「軍都」に由来する。それは現在のカイロ旧市街にあたり、アフリカ大陸へのイスラム進出の前線基地ともなった。エジプトがユーラシア世界とアフリカ世界の結節点となり、エジプト人がアフリカ的要素を取り込む契機でもある。 米中央情報局(CIA)の二〇〇三年の推定では、総人口は七四七一万八七九七人である。民族的には東方ハム語族系が九九%で圧倒的多数、それにはエジプト古来の住民、アフリカ北部に多いベルベルや、アラブ系遊牧民ベドウィンを含む。他にギリシャ、ヌビア、アルメニアや欧州系もいるとされる。 ハム語系の特徴は、褐色の皮膚、卵型の顔、ちぢれ髪であるが、サダト元大統領にぴったり当てはまる。とくに同氏の褐色肌が濃厚だったのは、黒色肌のヌビア系の血が混じるからといわれた。 ヌビアとはエジプト南部からスーダン北部にかけた地域で、紀元前から個性的な王国が生まれ、紀元後六世紀ころからキリスト教の王国がとって代わったが、やがてアラビア半島からのイスラム伝播とスーダン南方からの黒人イスラム教徒が混交し、独特の民族を形成した。

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