英国を揺るがすダイアナ妃の死の真相究明

執筆者:マイケル・ビンヨン 2004年3月号
カテゴリ: 国際
エリア: ヨーロッパ

六年半の歳月を経てなお飛び交う過激な噂話に、ついに英国政府が動き始めた――

[ロンドン発]フランスの地下道で起きた自動車事故で、世界中に知られたあの女性が不慮の死をとげてから六年半。イギリスはついにプリンセス・オブ・ウェールズ、ダイアナ元英皇太子妃の死の真相究明に乗り出すこととなった。
 様々な、しかも次第に酷くなるばかりの憶測が続出したのを受けて、政府が死因審問の開始を決めたのだ。この決定で、イギリスの人々が事故によって受けた心の傷はふたたび疼き始めている。英国王室が再び望まざるスポットライトを浴びることも必至で、ダイアナ妃の夫であったチャールズ皇太子と息子二人はショックを隠せない。それにしても、なぜ今ごろ真相究明なのか? そして、調査によって何が明らかにされるのだろうか――。
 ところが、調査開始が発表されてまもなく、調査結果を待ち望む人々は「お預け」をくらうことになった。調査の責任者であるマイケル・バルジェス王室検視官は、調査の第一段階として、ロンドン警視庁(スコットランドヤード)に捜査を依頼。警察の捜査に一年が費やされることになったからだ。
 バルジェスは巷に流れる「ダイアナ謀殺説」には懐疑的であることを明言している。しかし、スコットランドヤードの捜査が一年がかりということは、それだけで、やはりダイアナ妃の死には隠された秘密があるのではないかとの疑惑を招いた。ダイアナは暗殺されたと考える人々の声も勢いを増している。

引き金となった元執事の暴露話

 ロンドン警視庁総監のジョン・スティーブンズ卿は徹底的な捜査を確約した。ダイアナ妃の死について、警察には何の先入観もないとスティーブンズは言う。そして、必要とあらばチャールズ皇太子からも証拠の提出を求めることもあるだろうと語った。しかしながら、それが現実のものとなれば、王室が受けるダメージは小さくない。世論の反発が収まれば愛人だったカミラ・パーカー・ボウルズと再婚したいと考えているチャールズ皇太子にとって、これまでの努力が水泡に帰す恐れがある。カミラは、いまは皇太子の公式なパートナーとしてロンドンの公邸で共に暮らしている。
 政府と王室は長い間、事故に関する調査に抵抗してきた。十七カ月におよんだフランス当局の捜査を繰り返すだけだから、というのがその理由だった。しかし、フランス当局の結論は十分に公開されたとは言い難い。イギリス政府が独自の調査を行なうことに消極的な本当の理由は、「ドディ・アルファイドのベンツを運転していた運転手のアンリ・ポールが、酔ってスピードを出しすぎ、車を制御できなくなったことによる事故」との公式見解に異を唱える人々に発言力を与えたくないためだと多くの人が考えている。
 ところが、ダイアナ妃の死について次第にとんでもない噂話が広まるようになったため、政府はしぶしぶ真相究明に乗り出さざるを得なくなったのだ。
 引き金となったのは、ダイアナの元執事ポール・バレルによる暴露話だった。ダイアナ妃と最も親しかった人間の一人であると主張するバレルは、長い間、ダイアナ妃から数々の私物を預かって保管してきたと言ってきた。その中には、彼女の名誉を傷つけかねない手紙も何通か含まれている。これがダイアナの遺族を怒らせた。遺族側は二〇〇一年、ダイアナの私物を盗んだとしてバレルを訴えている。
 ところが、何回かの公判が開かれた後、裁判はあっと驚く終焉を迎えた。ダイアナの私物を持っていることを王室に伝え、女王の許可を得て保管しているというバレルの主張は真実であるとのメッセージが、エリザベス女王から出されたからだ。
 しかしながら、裁判の終わりは、騒動の幕切れにはつながらなかった。ダイアナ妃に関することなら何でも報じてきたイギリスの大衆紙は、手紙の中身や、さらにはバレルが消えてしまったと主張するダイアナ妃の遺品について、何が何でも暴く構えだった。
 そんな最中にバレルが暴露本を出版し、ダイアナ妃が録音したというカセットテープの存在に言及した。ただし、テープは「盗まれた」という。その内容がセンセーショナルだった。バレルによれば、テープの中でダイアナは、ある王室の使用人がチャールズ皇太子の首席補佐官に性的暴行を受けてノイローゼになったと聞いたと語っている。さらに、チャールズと首席補佐官が肉体関係をもっていたのを目撃したと使用人が語ったというのだ。果たして皇太子はバイセクシュアルなのかと大騒ぎになった。しかし、この使用人は信用に足る人物ではないことがわかり、騒ぎはすぐに収まった。
 だが、ほどなく別の新聞がもっと驚く記事を掲載した。報じられたのは、ダイアナ妃直筆の手紙だった。日付は一九九六年十月。死の十カ月前だ。手紙で、彼女は巧妙に仕掛けられた自動車事故で自分が殺されると“予言”している。そして自分の死を願っているのは、他でもない別れた夫のチャールズだというのだ。バッキンガム宮殿は、手紙がダイアナ直筆のものであることを認めている。
 この二つの「暴露」を受けて、またしてもダイアナ妃の死の真相に関する論争が巻き起こった。果たして彼女は謀殺されたのか? だとすれば、誰によって? イギリスの諜報組織が関与していた可能性はあるのか? こうした憶測や噂はたちまち広まった。とりわけアラブ社会では、ダイアナがドディと再婚してイスラム教に改宗するのを防ぐために謀殺されたとの噂がまことしやかに流された。
 ドディの父で高級デパート「ハロッズ」のオーナーであるモハメド・アルファイドは常日頃から、息子を殺した黒幕はエジンバラ公だと言い張っている。

疑問を残したフランスの捜査

 かくして、ダイアナ直筆の手紙が報じられたその日のうちに、政府は審問開始を発表した。審問は、この問題に最終的な決着をつけることを目指して、厳格な法的手続きに則って行なわれる。既に医師たちは、事故死した時、ダイアナが妊娠していたのではないかとの疑惑を否定している。しかしながら、調査結果は謀殺説を完全に否定するものと成り得るのだろうか。仮にそうだとしても、人々は調査結果を信じるのだろうか。とりわけ、第一段階の警察の捜査結果が公表されないとあっては、人々を説得するのは難しいかもしれない。
 審問開始がここまで遅れたことで、人々はすっかり疑心暗鬼に陥ってしまった。イギリス人にとってダイアナ妃の死は、アメリカ人にとってのケネディ大統領暗殺に喩えることができる。国民に衝撃を与えた二つの出来事は、その真実は何であったのか人々が疑問を拭い去れないという点でも共通している。
 ダイアナ妃の事故では、フランス当局の捜査はいくつかの疑問に満足に答えないままとなっている。たとえば、複数の目撃者が「白いフィアット・ウノ」が事故当時ベンツのそばを走っており、接触して事故を招いたかもしれないと話しているにもかかわらず、いまだに白い車も、運転していた人物も見つかっていない。
 もちろん、多くの人がダイアナの死は単純な自動車事故によるものと考えている。それでも『タイムズ』紙までもが、「かなり酔っていたとされる運転手アンリ・ポールの血液サンプルは、別人のものだった可能性がある」と報じるに至っては、人々が疑念を持つのは当然だろう。世論調査によると、イギリス人の三分の一が、事故には究明されるべき怪しい点があると考えている。
 一連の疑惑は、英王室にいかなる影響を与えるのだろうか。英王室にとって、ダイアナ妃の死以降の日々は苦痛に満ちたものだった。人々は王家への敬意を失い、共和制への志向が高まった。それでも二〇〇二年のエリザベス女王の戴冠五十周年祝賀の際には、人々は忠誠と敬意を示した。チャールズ皇太子もゆっくりと名誉挽回しつつあり、二人の息子、とりわけ長男のウィリアム王子は王室の新世代を象徴するハンサムな青年として人気者だ。そんななかで、再びダイアナ妃の死が蒸し返されるのだ。
 審問はまず、六千ページに及ぶフランスの捜査資料を洗い直すことから始まる。そして、事故の唯一の生存者であるボディガードからの聞き取り調査も行なわれる。王室に関する証拠調べも慎重に行なわれることになるが、審問を指揮するバルジェスは、王室の感情とプライバシーを尊重すると明言している。チャールズ皇太子はこうした展開に激怒していると言われるが、打つ手はない。
 チャールズとダイアナの結婚がスキャンダルまみれになってからというもの、英王室は粛々と公務をこなすことに専心してきた。これまでのところ、この方針は正しかった。差し迫った王室廃止論や女王に退位を求める声はほとんどない。伝統を重んじるイギリス人にとって、やはり王室はアイデンティティの基盤でもあるのだ。とはいえ、今後一年半の間に新たな暴露や噂の流出があることは間違いない。英王室は、一九三六年にエドワード八世が退位して以来の危機に直面しているといってもいい。生前、常に論争の的であり続けたダイアナ妃は、死してなお人々の心をかき乱し続けている。

(訳=益田南美)

by Michael Binyon

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