リビアを見つめる金正日の心象風景

執筆者:平井久志 2011年3月8日
エリア: アジア
中国の孟建柱公安相(右から2人目)からの贈り物を見る金正日総書記(左)と3男の金正恩労働党中央軍事委副委員長(右)=2月14日撮影=(C)AFP=時事
中国の孟建柱公安相(右から2人目)からの贈り物を見る金正日総書記(左)と3男の金正恩労働党中央軍事委副委員長(右)=2月14日撮影=(C)AFP=時事

 チュニジアの「ジャスミン革命」が燎原の火のごとく中東各地へ広がっている。リビアは事実上の内戦状態である。そうした中で、独裁者を次々に打ち倒している「中東政変」が北朝鮮へも波及するのではないかという「期待」が広がっているようだ。  韓国の保守系有力紙、朝鮮日報は2月24日付で、中国との国境都市、新義州(シンウィジュ)市で同18日ごろ、住民数百人が当局と衝突する事態が生じ、デモ隊と軍が衝突し住民4、5人が死亡したとの噂も流れていると報じた。  しかし、これは新義州の市場の商人たちが場所代の引き上げに怒って、市場の管理人ともめた程度の騒ぎで、軍が出動するようなものではなかったようだ。韓国の統一部当局者はすぐに「デモといえるレベルの動きは把握されていない」と朝鮮日報の報道を否定した。  韓国語に「希望事項(ヒマンサハン)」という言葉がある。この言葉には、自分の期待を込めた願望を現実のように錯覚する状況を少し皮肉ったニュアンスがある。  中東の変革の嵐が北朝鮮に波及するというのは、現状ではまだ「希望事項」のようにみえる。しかし、それは北朝鮮に何の影響も与えないという意味ではない。  現時点では、中東の変革の嵐は、北朝鮮への心理的な圧迫の次元でしかない。北朝鮮の統制は他国に例を見ないものである。北朝鮮では、アクセスの範囲が国内に限定されたイントラネットは存在しても、インターネットを使用できるのはごく限定された当局者のみで、住民間の自由な情報交換の手段が存在しない。住民の自由な大量移動も困難である。居住地以外に宿泊する場合は届け出が必要だ。北朝鮮における統制のすさまじさは中東の比ではない。

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執筆者プロフィール
平井久志(ひらいひさし) ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。
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