エッセイ・レポート
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クオ・ヴァディス きみはどこへいくのか? 美しすぎるミャンマー民主化
初めてビルマ(いまミャンマー)に行ったのは1964年、東京オリンピックの始まる半年ほど前のことだった。それまで私たちの一行6人は、オリンピック発祥の地であるギリシャのオリンピアに日本から日本製の車3…
国際人のための日本古代史(23) 『古事記』の不思議
わが国現存最古の歴史書『古事記』が編纂されたのは、和銅5年(712)のこと。ちょうど今年は、1300年の節目に当たっている。『古事記』は日本人の心の故郷と礼讃され、聖典と崇められてきた。だが、冷静に…
国際人のための日本古代史(22) 時代の境目のキーワードは「異端児」「地方」
大阪市長選挙で橋下徹氏が当選した。既成政党の惨敗に、時代の節目を感じた人も少なくないはずだ。不思議なことなのだが、古来歴史の流れが変わる瞬間、活躍するのは、「異端児」や「地方」であった。たとえば5世…

【ブックハンティング】現役外交官が描きだしたチャーチルの本質
アメリカ人にとっても、またイギリス人にとっても、「ウィンストン・チャーチル」の名前は偉大な戦争の勝利と直結しており、また「ファシズム」と「デモクラシー」の戦いにおいて後者に栄光をもたらした英雄として…
国際人のための日本古代史(21) 「聖武天皇の歯」と光明子の実像
昨年、奈良では平城京遷都1300年記念の行事ばかりが目立ったが、じつは光明子(聖武天皇の皇后・光明皇后)の1250年忌に当たっていた。上野の東京国立博物館で特別展「東大寺大仏 天平の至宝」が開かれた…

国際人のための日本古代史(20) 混迷の時代と女王・女帝
日本史の原点、古代史をふり返ってみると、ピンチのたびに、女王、女帝が求められていたことに気付かされる。たとえば卑弥呼は、2世紀末、倭国の起死回生の切り札として押し立てられている。もともと倭国に君臨し…

国際人のための日本古代史(19) 「死の公表」をめぐるそれぞれの事情
7月上旬、江沢民前国家主席の死亡説が、中国(香港)や日本で報道された。けれども、続報は途切れた。中国共産党からの正式な発表もない。癌を患い、体調を崩していたこと、7月1日の中国共産党創建90周年祝賀…

国際人のための日本古代史(18) 中尊寺金色堂を建立した「東夷の遠酋」藤原清衡の夢
中尊寺(岩手県西磐井郡平泉町)が、ようやく世界遺産に登録された。中尊寺は法隆寺や東大寺と同レベルの至宝であるにもかかわらず、登録は遅れに遅れた。日本人自身の認識と関心が低かったためではあるまいか。い…

経済の頭で考えたこと(38) 「反腐敗」「民族主義」という中国政治の2つの軸
2011年7月23日は1年後の秋からの中国共産党の指導体制を占うに当って、分水嶺を形成した可能性がある。2つの要因が重かったからだ。ひとつはアモイを舞台に起きた巨額密輸事件の主犯格、頼昌星がカナダか…

国際人のための日本古代史(17) 「暗君」と歴史の裁き
政治家は時折、「歴史に判断を委ねたい」と述べる。多くの場合、「歴史に判断を委ね」るまでもない、明らかに誤った判断なのだが、確かに歴史を経るにつれてその人物の評価が変わっていくことがある。また、暗君で…
国際人のための日本古代史(16) 大災害が動かした日本の歴史
大災害は、時に歴史を動かす。たとえば、12世紀初頭に荘園公領制という土地制度が発展し、15世紀後半から16世紀にかけて荘園公領制が崩れ、武士が台頭し戦乱の時代が訪れるが、どちらの転機にも、大災害がか…
国際人のための日本古代史(15) 愚かな王は人々を不幸にする
才覚もなく無責任な人間が国家のトップに立つことは、けっして珍しいことではない。古代にも、愚かな王が何人も出現していた。たとえば5世紀末の第25代武烈天皇は、あまりの暴虐ぶりに、「大(はなは)だ悪(あ…
中東―危機の震源を読む(77) カイロからアレクサンドリアへ──革命の政治地理学(革命エジプトのフィールドノート1)
[カイロ-アレクサンドリア発] 3月半ばから4月初めにかけて、カイロを拠点にアレクサンドリアへも足を伸ばして、革命後のエジプト社会を観察している。このエジプトの2つの主要都市でのフィールドノートを、随…

国際人のための日本古代史(14) なぜ日本人は災害にへこたれないのか
日本は災害列島だ。われわれの先祖は、大きな災異を乗りこえ、たくましく生き抜いてきた。日本の歴史は、災害との戦いの連続でもあった。大災害の痕跡は、いたる場所に残される。たとえば、今から約7300年前、…
饗宴外交の舞台裏(153) 危機感から生れた官民一体「フランス料理キャンペーン」
フランスが農産加工品の輸出促進キャンペーン「So French, So Good」(フランスだからこそ美味しい)を開始した。「美食の国」の名声にあぐらをかいていた反省から、フランスの食の素晴らしさを…

























