中東―危機の震源を読む (76)

エジプトが歩む移行期政治プロセスの緊張

[カイロ発] ムバーラク政権崩壊後のエジプトの移行過程の政治プロセスは、危ういバランスの上で進んでいる。3月19日に憲法改正案への国民投票が行なわれ、77.2%の賛成票により信任されたのを受け、国軍最高評議会は3月30日に1971年制定の従来の憲法を簡略化した形の暫定憲法を布告した。大統領選挙への立候補要件を緩和し、大統領の任期を2期に限定し、大統領権限に一定の制約を課すといった形で、これまでの憲法に最低限の修正を加えながらも、抜本的な憲法改正は議会選挙後に先送りした格好だ。同じく国軍最高評議会は3月28日に政党法の改正を布告し、以前に比べれば自由な政党活動を容認した。9月の人民議会選挙までに非常事態令を解除し、人民議会選挙を経て、年内に大統領選挙を行なう日程表が示され、民政移管と新憲法制定による民主化の道筋が一応は見えてきた。従来の日程では6月に人民議会選挙、9月に大統領選挙が行なわれることになっていたので、若干遅らせつつも大幅な延期や制度改変はしないという形である。アラブ諸国の中で、比較的安定的、着実に民主化への移行プロセスを進めていると見ることができる。
 ただし停滞や先行きの不安も顕在化している。危惧されるのはコプト・キリスト教徒をスケープゴートにした宗派紛争の扇動や、イスラーム主義の過激派・伝統主義派による威嚇が民主化を停滞させることである。米国やイスラエルへの排外主義も、常に火がつきかねない。特に経済停滞への不満がどこにはけ口を求めるかは、流動性が高く予想をしにくい問題である。
 本日4月1日金曜日には、民主化勢力がデモを再活性化させようと試みている。停滞する旧体制への追及を再度要求していくと共に、旧体制支持派との暗黙の結託が見え隠れするイスラーム主義の過激派・伝統主義派を牽制することが目的である。このデモの規模や実態は、今後のエジプト政治、ひいては中東地域政治の展開に影響を与えるだろう。緊張して見守っているところである。

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執筆者プロフィール
池内恵(いけうちさとし) 東京大学先端科学技術研究センター グローバルセキュリティ・宗教分野教授。1973年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程単位取得退学。日本貿易振興機構アジア経済研究所研究員、国際日本文化研究センター准教授を経て、2008年10月より東京大学先端科学技術研究センター准教授、2018年10月より現職。著書に『現代アラブの社会思想』(講談社現代新書、2002年大佛次郎論壇賞)、『イスラーム世界の論じ方』(中央公論新社、2009年サントリー学芸賞)、『イスラーム国の衝撃』(文春新書)、『【中東大混迷を解く】 サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』 (新潮選書)、 本誌連載をまとめた『中東 危機の震源を読む』(同)などがある。個人ブログ「中東・イスラーム学の風姿花伝」(http://ikeuchisatoshi.com/)。
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