「F16問題」にみる台湾購入兵器の高額さ

執筆者:野嶋剛 2011年9月26日

 

 今回、米国が台湾に対して、新型F16戦闘機(C/D型)の売却を見送った。一方、F16の初期型(A/B型)の改良などに、総額58・5億ドルの支援を行うことを明らかにした。
 
 米国は、中国には「新型を売らなかった。お前たちは新型さえ売らなければ、それでいいのだろう」と説明し、台湾には「改良によってA/B型はC/D型の80%の能力に達する。それで満足してくれ」と言っている。
 
 あまりにも先進的で中国の脅威になるような武器は売らないが、かといって売却の規模は維持することで、台湾の国防へのコミットメントは減らしていないという姿勢を明らかにする。ブッシュ政権後半から続いてきた、台湾への武器売却にかんする米国の二つの顔の使い分けは、米国の立場に立てば「これしかないではないか」という米国の言い分も分からないではないが、米国のずるさを感じないわけではない。
 
 さりとて米国抜きでは急激に膨らんできた中国軍事力の太平洋への浸み出しを食い止めることは難しい。シンガポールのリー・クアンユーが先週語ったように「日本、韓国、インド、東南アジアで束でかかっても、米国抜きでは中国を抑え込むことはできない」という現実がある。その状況下では、米国の多少のわがままは目をつぶるしかないのだろう。
 
 だが、一つだけ指摘したいのは、台湾への武器売却は基本的に極めて高額に設定されている点だ。武器は定価がない世界。億単位のドルの上積みも「製造が中断していて調達のコストが高い」などと理屈を付け、簡単に行われてしまう。
 
 今回のF16A/Bのアップグレード案を子細に検討したわけではないが、台湾が保有する約120機のF16に58・5億ドルということは、一機につき、およそ5千万ドルの費用がかかることになる。F16C/D機は5千万ドル程度が過去の他国への売却価格だとされている。つまり、台湾は旧機の改良のため、本当に欲しい新機と同等の価格を払わなければならないということになる。ちなみに1990年代に台湾がF16A/Bを購入したとき、一機につき費用は2000万ドル程度だった。改良だけで倍以上の価格を取るのだから、一体どういう積算根拠があるのだろうか。台湾の納税者は一度、オバマに聞いてみたくなるに違いない。
 
 台北の街の忠孝東路という商業区の一角には、米国の軍需産業のオフィスが軒並み入っているビルがある。そこに出入りする米国人は台湾で珍しく高額なスーツを仕立て、超ハイクラスの中華料理店や和食店で、台湾国防部の高官たちとお互いに接待を繰り返している。台湾の武器購入額は世界でも指折りの金額に達し、米国にとっては超お得意様だ。しかも、台湾に武器を売る国は世界で米国しかいないので、価格はつり上げ放題。中台にはさまれた米国が見せる「困った顔」のウラには、こんな脂ぎった世界が隠れていることも忘れてはならない。(野嶋剛)
 
 
 
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執筆者プロフィール
野嶋剛(のじまつよし) 1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)、『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)、『謎の名画・清明上河図』(勉誠出版)、『銀輪の巨人ジャイアント』(東洋経済新報社)、『ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち』(講談社)、『認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾』(明石書店)、『台湾とは何か』(ちくま新書)、『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』(小学館)、『なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか』(扶桑社新書)など。訳書に『チャイニーズ・ライフ』(明石書店)。最新刊は『香港とは何か』(ちくま新書)。公式HPは https://nojimatsuyoshi.com
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